第9話
朝倉哲也が静かに部屋を去り、青島が心の中で新たな決意を固めたその瞬間、オフィスの扉が勢いよく開いた。今度の訪問者は、まるで暴風のように現れた。ガチャリと大きな音を立てて開かれた扉の先に立っていたのは、青島がまさに想像していなかった人物だった。
金属バットを肩にかけ、どこか荒々しい雰囲気をまとった男――和久平八郎だ。
「おい、青島! 悪いな、ちょっと来るのが遅くなった!」和久は少し荒い息を吐きながら、にやりと笑って言った。身にまとったジャケットの下には、太い腕と、どこか荒削りな印象を与える風貌が見て取れる。
青島は驚きつつも、すぐに冷静さを取り戻して答える。「和久さん…どうしてまた金属バットを?」
和久は肩をすくめて、軽く金属バットを振って見せた。「これ? 別に深い理由はねえよ。ただ、俺にはこれがしっくりくるだけだ。」と、少しばかり不器用な笑顔を見せる。
青島は少し戸惑いながらも、席を立ち和久を迎え入れた。「まあ、どうぞ。座ってください。」
和久は青島の言葉に反応することなく、バットを持ったまま部屋を見回しながら歩き、椅子をひとつ蹴って座った。目を細めながら、ふと青島に向き直ると、無表情で言った。「お前、最近なんか気になることがあるんじゃないか? 顔に出てるぜ。」
青島は、和久の鋭い直感に少し驚きながらも、静かに言った。「まあ、いろいろと考えていることはあります。でも…それがどうかしたんですか?」
和久はその問いに即答せず、むしろ金属バットを軽く叩いてみせた。「俺はよく『考えすぎ』ってやつには言ってやるんだ。『考えすぎても答えは出ない』ってな。行動することが一番大事だ。」その声には、まるで自分の信念を語るような力強さがあった。
青島はその言葉を静かに受け入れた。和久の言う通り、時には考えすぎて動けなくなることがある。心の中で迷っているうちに、時間はどんどん過ぎてしまう。自分の気持ちや決断を、いつまでも先延ばしにしている自分を感じていた。
「でも、行動すればすべて解決するわけでもないと思います。」青島は少し慎重に言った。「時には冷静に、状況を見極めることも必要だと思うんです。」
和久は眉をひそめ、バットの先で机を軽く叩いた。「冷静に? それも大事だがな、時にはその冷静さを捨てて動くことが必要だって話だ。お前がいくら冷静でいようとしても、その間に何かを見逃すことがある。わかるか?」
青島は和久の言葉に少しだけ戸惑ったが、その後に続く言葉が響いてきた。「でも…自分の中で納得できる選択をしないと、結局は後悔するんじゃないですか?」
和久は大きくうなずき、まるで自分の過去を振り返るように口を開いた。「その通りだ。しかし、後悔しないためには、まず『行動』しなきゃ始まらないんだ。考えすぎるあまり動けない奴に、いい結果が出ることなんてない。後悔することを恐れて何もできなくなるより、動いてみて、その結果で学ぶ方がよっぽどマシだ。」
和久の言葉は、どこか経験に裏打ちされた力強さを感じさせる。青島は、井之頭や朝倉が言ったことと同じように、今自分が持っている『迷い』を突破しなければならないことを、深く実感した。冷静でいようとするあまり、自分の気持ちを押し殺していたこと、何かを始めることに恐れを感じていた自分――その全てが和久の一言で少しずつ解けていくような気がした。
「でも、どうやってその『行動』を起こすかが問題ですよね…」青島は少し苦笑いを浮かべながら言った。
和久はにやっと笑い、「簡単だよ。やってみなければ、わからないだろ?」と答えた。その表情には、まるで青島に何かを試すように仕向ける、少し悪戯っぽい雰囲気が漂っていた。
青島は思わず息をつき、そして深く頷いた。「わかりました。やってみます。」
和久は満足げにうなずき、「よし、それでこそだ。」と一言。再び金属バットを肩にかけ、立ち上がった。「じゃあ、俺はこれで。お前がどう動くか、楽しみにしてるぜ。」
青島はその言葉に力をもらい、心の中で新たな決意を固めた。和久の言葉通り、考えすぎるのではなく、まず一歩を踏み出すことが大事だ。恋愛も仕事も、自分の心に正直になり、動いてみることが必要だ。
「ありがとうございました、和久さん。」青島は、和久の背中に向けて感謝の言葉を述べた。
和久は振り向きざまに軽く手を挙げ、「またな」とだけ言い残し、オフィスを後にした。
青島はその後、しばらくの間、和久の言葉とその存在感を胸に刻みながら、自分の次に進むべき一歩を考えた。
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