第8話

青島が切り裂きジャックの不気味な言葉に心を揺さぶられながらも、自分を奮い立たせていると、ふいにドアが再び開いた。今度は、その場に似つかわしくない落ち着いた雰囲気をまとった男が現れた。身なりはシンプルで、スーツがきちんと着こなされており、顔には一切の余計な感情を見せない。青島はその人物をすぐに認識した。


「朝倉…哲也さん?」青島は思わず声を上げた。


朝倉哲也。彼は警視庁捜査一課の刑事で、その冷徹な頭脳と鋭い洞察力で多くの難事件を解決に導いてきた人物だ。だが、青島にとっては少し異質な存在であった。どこか他の刑事とは違う冷静さと、時折見せるその鋭い眼差しが印象的だった。


朝倉は青島の反応を受けて、静かに一歩足を踏み入れた。そして、短く言った。「今、少し話がしたい。」


青島はその言葉に驚きながらも、すぐに冷静を取り戻し、「もちろん、どうぞ。」と答えた。朝倉が言葉少なに部屋の隅に歩み寄ると、青島もその向かいに座った。


朝倉は、少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。「青島、お前は今、かなり大きな『決断』を迫られているのはわかるか?」


青島は驚きながらも、朝倉の冷徹な目線をしっかりと受け止めた。「決断…ですか?」


朝倉は無表情なまま頷いた。「お前の目の前には、いくつもの選択肢がある。そして、今その選択を間違えると、大きな影響を与えることになる。」その言葉の中には、鋭い警告とともに、どこか冷徹な確信があった。


青島はその言葉に少し沈黙を感じた。「影響…ですか?」


朝倉は小さく息をつきながら答えた。「お前、今、自分の心に正直になれずにいるだろう。恋愛、仕事、そして自分が抱える不安。それらが絡み合って、お前を苦しめている。しかし、どこかで自分を突破しない限り、その状況は続くだろう。」


青島は胸に刺さるような言葉に、一瞬言葉を失った。朝倉が言う通り、自分は今、あらゆることで迷いが生じていた。恋愛に対しても、仕事に対しても、常に「冷静」であろうとしすぎている自分がいた。その「冷静さ」が、逆に自分を縛り、動けなくさせていたのかもしれない。


「どうすればいいんですか?」青島はやや沈んだ声で尋ねた。


朝倉は、青島の目をじっと見据えた後、冷静に言った。「お前はまだ、自分の気持ちに正直に向き合っていない。理屈で全て解決しようとしているが、そこに無理が生じている。感情や気持ちも、時には理屈以上に重要なものだということを理解しろ。」その言葉には、長年の経験と深い洞察力が宿っていた。


青島はその言葉に深く考え込んだ。朝倉の言う通り、確かに自分はあまりにも理屈や冷静さを重視しすぎていた。井之頭の言うように時には心に余裕を持つこと、ジーパン刑事の言うように行動を起こすことが重要だと感じてはいたが、どこかでその一歩を踏み出すことに怖さを感じていた。


朝倉は静かに続けた。「迷いを抱えながら動いても、それは無駄になる。迷いの中で、少しずつ行動に移していくことが大切だ。そして、最終的にはお前自身の『覚悟』がすべてを決めることになる。」


青島はその言葉に心を動かされ、少し顔を上げて答えた。「覚悟ですか…」


朝倉は一瞬だけ静寂を楽しむように黙り込んだ後、ゆっくりと立ち上がった。「今お前がしなければならないのは、どんなに小さなことでも、一歩踏み出すことだ。その一歩が、やがて大きな成果を生むかもしれない。」


その言葉を胸に、青島はしばらく黙ってその場に座っていた。朝倉が立ち上がった後も、彼の言葉が頭の中で何度も響いていた。


覚悟。自分を信じて、一歩踏み出す勇気を持つこと。それが、青島にとってこれから向き合わなければならない大きなテーマであることを、朝倉の言葉が改めて気づかせてくれた。


「ありがとうございました、朝倉さん。」青島は深く感謝の気持ちを込めて言った。


朝倉は冷静な顔をして、静かに微笑んだ。「お前が自分を乗り越えられることを、期待しているよ。」そう言って、何も言わずに部屋を後にした。


青島はしばらくその言葉を胸に抱きしめ、心を落ち着けた。そして、決意を新たにして、再び自分の足で前に進む覚悟を固めた。


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