第7話
その日の午後、青島がデスクに向かって仕事を続けていると、オフィスの空気が突然変わった。急に冷たい風が吹き込んだかのように、何か不穏な気配が感じられた。青島がふと顔を上げた瞬間、ドアが音もなく開き、現れたのは見慣れぬ人物だった。
身なりは奇妙で、特徴的な装いをしている男だった。ジャケットには古びたシルクのフレアがあり、顔を隠すように引き締められたマスクをつけている。だが、その眼光だけは鋭く、冷徹なものだった。彼が一歩一歩近づくたびに、まるで周囲の空気がピリピリと張り詰めるような感覚が青島を襲った。
青島が思わず立ち上がり、警戒しながら問いかけた。「あなたは…誰ですか?」
その男は、青島を見つめながら静かに言った。「私は切り裂きジャック。あなたの周りにいるその『問題』が、私にとってはちょっとした遊びに過ぎない。」
青島は一瞬、驚きのあまり言葉を失った。切り裂きジャックという名前はもちろん聞いたことがあるが、まさか実際に目の前に現れるとは思っていなかった。異常なほど冷静なその姿勢と、不気味なまでに整ったその外見に、青島は本能的に警戒を強めた。
「問題? それが一体何の話だ?」青島はやや低い声で尋ねた。
切り裂きジャックは笑みを浮かべながら言った。「あなたの『迷い』だ。あなたが抱える問題、未解決の心の闇。それが私にとっての『標的』であり、興味を引く対象だ。あなたの中にあるその不安、焦り、葛藤、それこそが私の『楽しみ』。」
青島はその言葉に冷や汗が背中を走った。自分の心の中に隠れていた悩みや不安が、まるで切り裂きジャックのような人物によって、鋭い目で見透かされているかのような錯覚を覚えた。
「お前がそんなことを言っても、僕には関係ない。」青島は強い口調で答え、再びデスクに座り直そうとしたが、切り裂きジャックは一歩も引かなかった。
「関係ない? それがどうかな。」切り裂きジャックは低い声で続けた。「お前はまだ、自分の本当の気持ちに気づいていない。どんなに冷静に振る舞っても、内心では揺れている。恋愛も、仕事も、すべてがこの不安の影響を受けている。」
青島はその言葉に驚愕し、思わず顔を上げた。「お前…本当に何者なんだ?」
切り裂きジャックは、ますますにっこりとした笑みを浮かべて答えた。「私はあなたが向き合わなければならないもの、その象徴だ。自分を隠すことはできても、その本当の心の闇は、どこかで必ず現れる。だから、私はあなたに警告をしているんだ。」
その瞬間、青島は急に胸の中に重い何かを感じた。井之頭やジーパン刑事が言っていた言葉が、まるで今この瞬間にぴったりと重なり合った。自分が本当に避けていたこと、目を背けていた感情――それが目の前に立つ切り裂きジャックのような存在として具現化され、青島に迫ってきたのだ。
青島は少し前に進みながら言った。「それでも、僕は自分で解決する。誰にも頼らず、焦らず、自分らしくやっていく。」
切り裂きジャックはその言葉を聞くと、急に不気味に笑いながら背を向けた。「お前がどうするか、楽しみだな。」そして、冷たい風を引き寄せるように、音もなくオフィスを去っていった。
青島は、しばらくその場に立ち尽くし、心の中で自分に誓った。あの日、井之頭から教わったこと、ジーパン刑事が言ったこと、大門刑事が求めた覚悟――すべてを胸に、自分の足で立ち、前に進むことを。
その瞬間、切り裂きジャックが残した不気味な気配がようやく消え、青島は深く息をついた。自分が直面すべき「問題」――それを乗り越えるために、これからも冷静さを保ちつつ、少しずつでも前に進んでいく覚悟を新たにしたのだった。
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