第5話
青島が再びデスクに向かい、資料を整理し始めたそのとき、突然ドアが開き、今度は穏やかな声が響いた。
「おう、青島。まだ残ってるか?」
青島が顔を上げると、そこには井之頭五郎が立っていた。普段からどこかのんびりとした雰囲気を漂わせる井之頭は、その時も少し疲れた様子で、手に持った弁当箱を指で軽く押さえながら立っていた。
「井之頭さん…どうしました?」青島は少し驚きながらも、微笑みを浮かべて答えた。
井之頭は軽く肩をすくめて、「ちょっと一緒に食べようと思ってな。お前も忙しそうだし、気晴らしにでもなればいいかと思ってな。」と言いながら、青島のデスクの前に座った。
青島は少し迷ったが、大門刑事の言葉に少し重くなった気持ちを感じていたため、しばらく休憩を取ることにした。「ありがとうございます、ちょうど休憩したかったところです。」
井之頭は弁当箱を開けながら、何気ない話を始めた。「大門が言ってることも一理あるかもしれないけどな、青島。冷静になることは大事だが、たまには自分を解放することも必要だと思うぞ。お前、あまりにも肩に力が入りすぎている気がする。」
青島は、井之頭の言葉に少し驚いた。「そうでしょうか?」
井之頭はにっこりと笑いながら、「ああ。お前、心の中で色々と考えすぎてるんじゃないか? 例えば恋愛なんか、理屈で全て解決するわけじゃないんだ。思い切ってやってみることも必要だろ。」と、軽く肩を叩いた。
青島は少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、「井之頭さん、そういうの、あまり得意じゃないんですよ…」と苦笑いを浮かべた。
井之頭は大きくうなずきながら、「わかるよ。でもな、恋愛にしても仕事にしても、どこかで一歩踏み出さなきゃ始まらないんだ。頭で考えすぎると、行動が遅れる。どうせ迷うんだったら、迷った先で思い切り動いてみろ。」と、優しく言った。
青島はその言葉に何かしらの勇気をもらった気がした。井之頭の言葉は、大門とはまた違った意味で心に響いた。大門が冷静さと覚悟を求めるなら、井之頭はどこかで気持ちに素直になれと言っているような気がした。
「井之頭さん、ありがとうございます。」青島は真剣な表情で答えた。
井之頭は軽く手を挙げながら、「どういたしまして。それにしても、お前も大門に負けず劣らず、いろいろ背負ってるんだな。でもな、少し肩の力を抜いてもいいんだぞ。」と、冗談めかして言った。
青島はしばらく黙ってその言葉を噛みしめ、やがて小さくうなずいた。「はい、わかりました。」
その後、二人はしばらく無言で弁当を食べながら、過ごした。青島は井之頭のリラックスした姿を見て、自分も少しだけ心が軽くなったような気がした。大門が言ったように冷静さを保ちながらも、井之頭のように少しだけ心に余裕を持てるように――そんな風に、これからはもっと柔軟に物事を捉えていきたいと思った。
食事が終わると、井之頭は満足げに「よし、じゃあ仕事に戻ろうか」と言い、立ち上がった。
青島もまた立ち上がり、デスクに向かおうとした。そのとき、井之頭がふと思い出したように言った。
「そうだ、青島。お前、最近気になる女性でもいるのか?」
青島はその質問に少し驚き、顔を赤らめながら答えた。「そ、そんなこと…ないですよ。」
井之頭はクスリと笑いながら、「本当か? まあ、焦らなくていいけど、機会があったら自分から少し踏み出してみるのもいいんじゃないか?」と、にっこりとした。
青島は少しだけ顔を背けながら、「わかりました…」と返事をした。
井之頭はそれを見て、満足そうに頷き、「じゃあ、頑張れよ。」と言い、青島の背中を軽く叩いて、オフィスを後にした。
青島はしばらくその場に立ち尽くして、井之頭の言葉を反芻していた。そして、心の中で改めて決意を新たにした――自分らしく、焦らず、少しずつ進んでいこうと。
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