第41話 絶体絶命の永遠

「やっと終わったわね」


 終業のチャイムを聞いて少しだけ解放された気分になる。

 これは学生特有のものだと思う。


「早く帰るとしましょうか」


 今日は昇降口に空はいないし帰り道も退屈であることが確定してしまっている。

 だからか、少しだけいつもよりも速足になる。


「天音さんちょっといいかな?」


「堀井さん? なんの用かしら」


 堀井瑠奈。

 空のうわさを流したもう一人の犯人で空の元恋人。

 少し前に私に罵詈雑言を吐いた人物でもあるわね。


「話したい事があって。ちょっとついてきてもらってもいい?」


 正直に言ってしまえば行きたくはない。

 でも、ここで断っても素直に引き下がらないことは目に見えている。

 行きたくはないけど行くしかなさそうね。


「わかったわ。この後予定があるから手短にお願いできるかしら?」


「もちろん! 少し場所を変えたいからついてきてもらってもいい?」


「そういう事なら早く移動しましょう」


 本当に気乗りはしないけど変にここで断って空に絡み続けられたら空が可哀そうだから片付けておきましょうか。

 どうせ大胆なことはできないでしょうし。


「そうだね! じゃあ、ついてきて!」


 私は促されるまま堀井さんの後をついていった。


 ◇


「全く。天音先輩は危機感が無いな~。そんな女について行ったらろくなことが無いとわかりきっているだろうに」


 本当に危機感が足りていない。

 というよりは、堀井先輩という人間をわかってない。

 性格は自己中心的な考え方の持ち主で他責思考。

 都合の悪いことを認めようとしない。

 自分のことを棚に上げて他者を見下していてる。


「正直言って正真正銘の屑女なんだよね。柳先輩も幼馴染なのになんであの女の性格の悪さに気づかなかったのか」


 いや、昔はそうじゃなかったのかな?

 最近になって変わったとか?

 いや、人間はそう簡単に変わらないか。


「そんなことはどうでもいいけど、どうしようか。このままじゃあ不味いことにしかならないけど私が直接手を下すのは良くないだろうし」


 この問題は当事者たちで解決するのがいいだろう。

 じゃないといつまでたっても悪感情の連鎖を止めることはできない。


「だから、私ができるのはくらいなんだよね。全くこの貸しは高くつくんだから」


 つめの甘い先輩を思い浮かべながら私は二人の後を気づかれないようにつけるのだった。


 ◇


「で、こんな人気のないところに私を呼び出して一体何の用なのかしら?」


「簡単だよ!空を洗脳するのやめてもらってもいいかな?」


「洗脳?一体何の話をしているのかしら?」


 全く持って心当たりがない。

 それに普通の女子高生が洗脳なんてできるわけないし私が空を洗脳するメリットが無い。


「とぼけないで。あなたが空を洗脳しているのはわかってるのよ! そうじゃないと空が私にあんなひどい態度をとるなんてありえないんだから!」


 この人は本気で言ってるのだろうか?

 だとしたら頭がおかしいのだろう。

 堀井さんが空にしたことを考えればああいう態度を取られて当然だ。

 なんなら生ぬるいまである。


「お門違いも甚だしいわね。自分のしでかしたことを思い返してみれば空があなたにあんな態度をとる理由も見えてくるんじゃないかしら?」


「そんなことどうでもいいの! 私はあなたが許せない。あなたには不幸になってほしいし殺したいと思ってる。だから今から酷い目に遭ってね。社会的に殺すのはそれから」


 何を言っているのだろう?

 わからない。

 わからないけど、何かがとんでもないくらいに不味い気がする。


「というわけで俺たちの相手をしてくれよ」


「だれ!」


 振り返るとそこにはうちの学校の制服を着た男子生徒が三人いた。

 ここは人気が無い屋上。

 目の前には堀井さん。屋上の出入り口を塞ぐように男子生徒が三人立っているから逃げ出すのも厳しい。

 これは本当に不味いわね。


「こんにちわ~柳と同じクラスの飯田って言います~」


「わざわざこんなところで何の用かしら?」


「いや~堀井に頼まれてあんたを酷い目に遭わせてほしいってね。だから取り巻き連れてここに来たってわけ」


「下種ね。そんなことをしてただで済むと思っているのかしら?」


「あんたこそただで済むと思ってるのか?ここは屋上で助けを呼んでも誰も来ない。声を上げてもいいけどそれをさせる前に口を塞ぐから問題ない。それに四対一のこの状況で無事に切り抜けられると思っているのか?」


「たす、」


 私がとっさに大声を出そうとした瞬間に丸めた布のようなものを口に入れられる。

 これじゃ声が出せない。


「だから、声は出させないって」


 堀井さんが後ろでそうささやいた。

 この瞬間に私は初めて心の底から恐怖というものを感じた。


「じゃあ、俺たちは楽しませてもらうとするか」


 三人がじりじりと私に近づいてくる。

 嫌だ。怖い。

 私が逃げ出そうとしても後ろの堀井さんに羽交い絞めにされていて逃げ出せない。


「それはいいけどとりあえず手足縛ってくんない?抵抗されて逃げ出されたら私もあんたらもただじゃすまないだろうしさ」


「それもそうだな。お前らこいつを縛るぞ」


「「おう!」」


「んん!! んっ」


 必死に抵抗しようとするけどうまく抵抗できない。

 そうこうしているうちに手足が縛られていく。

 これから自分がどんな目に遭うかを想像して絶望する。

 この状況は完全な積みだ。

 誰も助けに来てくれない。

 この状況を切り抜けることができない。


「じゃ、天音さん今からこいつらに無茶苦茶にされるだろうけど頑張ってね?それを撮影してネットにばらまいてあげるからさ! あはははははっ」


 堀井さんはスマホを構えながら狂ったように嗤い始めた。

 いや、きっと狂っているのだ。

 そうじゃなかったらこんなことはしでかさない。

 わかりきっているじゃないか。


「ん、んんん!?」


「ほらほら、そんなに抵抗しても誰も助けに来ないって~いい加減諦めなよ? それにあなたが悪いんだよ? あなたが空を洗脳してあんなことをさせるから私がこんなことをしないといけなくなっちゃったじゃん。天音さんが悪いんだからあきらめてよね」


「おい堀井そろそろいいか?俺達そろそろ我慢できそうにないんだが?」


「いいよ~撮影の準備もできたしショウタイムってやつかな?」


 嫌だ。

 こんな誰ともわからない男たちに襲われたくない。

 嫌だ、助けて。

 助けて、空、

 この危機的な状況で思い浮かぶのは知り合って間もない同い年の男の子だった。

 いつも自分をすり減らしていて傷ついているのにそれを隠そうとしている不器用だけど優しい男の子。

 でも、彼が助けに来るはずがない。

 彼は今家にいるはずで、そもそも学校にいたとしてもこんな場所に来れるわけがない。


「じゃあさっそく楽しませてもらうとしますか」


 そう言って飯田と名乗った男が私に手を伸ばしてきた。

 今から私は穢される。

 そう諦めたときに勢いよく屋上の扉が開いた。

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