第37話 永遠VS母親

「待ったかしら?」


「いいや、ぜんぜん。ちょうど今来たところだから」


 こんな風にして待ち合わせをするのにも慣れてきた。

 毎回俺のほうが早く来るのは変わった担任の先生が帰りのホームルームを終わらせるのがとんでもなく早いという理由がある。


「そう?ならよかった。じゃあ帰りましょうか」


「うん」


 いつものように二人並んで帰る。

 いつもの日常。

 ただ一つ変わったことがあるとすれば俺が噂を知ったことで天音さんを普段よりも意識してしまっているという点だろうか?


「そういえば堀井さんはどうだったの?あれから何か言われたりしたのかしら?」


「いいや、あれ以降は特に何もなかったな。しつこく話しかけられた時に隣の席の一ノ瀬さんが助けてくれたくらいだろうか?」


「そうなの?」


「うん。助け船を出してくれたんだよ。おかげで瑠奈は帰って行ったから本当に助かったんだ」


 あの時は本当に助かった。

 もし助け船を出されなければチャイムが鳴るまで延々と話しかけられていただろうからな。


「あなたのクラスにもあなたの味方がいてよかったわ」


「本当にね。さすがに話し相手がいないと授業中退屈だからね」


「いや、授業はしっかり聞きなさいよ」


 天音さんに注意されてしまう。

 まあ、ごもっともなんだけど。


「気をつけます」


「絶対気を付ける気ないでしょ」


「バレた?」


 授業はあまりにも退屈過ぎる。

 正直家で自習をしていたほうが効率がいいとまで思える。


「それで赤点とかとったりしないでよ?」


「さすがに赤点は取らないよ。勉強はそれなりにしてるし」


「まあ、あなたはそういう所は真面目だからそこまで心配する必要は無いのだろうけど」


 どうやらそこら辺の信頼は一定以上あるらしい。

 なんか嬉しいな。


「空?あなた空でしょ?」


「母さん」


 天音さんと二人で帰っているといきなり声をかけられた。

 それもこの世で二番目に声を聴きたくない声で。

 今日は本当に厄日だ。

 少し後に天音さんと一緒に神社に行くのも悪くないのかもしれない。


「よかった!無事だったのね。心配してたのよ?」


 白々しく俺にすり寄ってそんなことを言ってくる。

 瑠奈も母さんも自分が今までしてきたことを覚えていないのか?

 そう思えるくらいには白々しい態度だった。


「嘘つくなよ。どこに心配する要素があるんだ?追い出したのはあんただろ?」


「それは瑠奈ちゃんから空が瑠奈ちゃんを襲ったって聞いたから、」


「一ミリも俺のことは信用しなかったんだな。もういいよ。あんたは俺の保護者でも何でもないだろ?」


「そんなわけないでしょ?私はあなたの親で保護者よ」


 母さんは堂々とそういってのけた。

 知らないのだろうか?

 いや、そんなわけないか。


「それはないですよ。空のお母さま」


「あなた誰よ」


「私は天音永遠。空に今の家を提供してる人間です」


「は?」


 天音さんは堂々と自分の名前を告げた。

 正直ちょっとカッコよかった。


「あなた方夫妻は育児放棄が原因で親権を失っています。今の空達はあなた方とは違う人物が未成年代理人となっています」


「そんなの認められるわけないでしょう?」


「認められます。だって裁判で決まったことですから」


 天音さんは母さんに詰められながらも常に堂々とした態度で接していた。


「そんなの私は認めて無いわ!」


 そう言って母さんは右手を振り上げて天音さんにビンタをしようとする。

 本当にこの母親には


「これ以上俺の前で醜態を晒すのはやめてくれ」


 ビンタしようとしていた手を右手で止めながら俺は静かに告げる。

 本当に心の底から失望した。

 まさか、女子高生に論破されて手を上げようとするなんて論外にもほどがある。

 いい年をした女性がすることじゃあない。


「空、」


「これ以上何かをしようとするなら本格的に訴えるぞ?今の音声も俺は録音してるしそれ以外にもあなたが俺に対して育児放棄をした証拠だってある。今引くなら何もする気はない。だが、もしこれ以上天音さんや美空、俺に危害を加えたり干渉するようであればこの証拠をもって裁判を起こす。この証拠をあんたらのご近所に流してやってもいい。それが世間体を気にするあんたらに一番効くだろ?」


 ここで引くのであれば17年間育ててもらった恩もあるからこれ以上何もする気はない。

 だが、もしこれ以上何かをするというのであれば法の下で接触禁止令でも出してもらおうと思っている。


「そんなことないわよ!私は本当にあなたと美空のことを心配して、」


「もう嘘はやめてくれ。本当にそういうならなんであの時俺を家から追い出した?なんで美空が家を出てすぐに行動を起こさなかった?本当に大切だって言うのならすぐに何らかの行動を起こしたはずだろ?でもあんたらはそうしなかった。これがすべてだろ」


 俺のことはまだしも高校一年生の娘が帰ってこなくて何も行動を起こしていない人間が本当に大切に思ってるなんて言うのは馬鹿げてる。


「それは、」


「話は以上だ。さっき言った通りこれ以上俺たちに関わるなら容赦はしない。行こう天音さん」


 これ以上この母親と話すのが不愉快で仕方なかったため天音さんの手を引いてすぐにその場を後にする。


「空、大丈夫?」


「全然大丈夫だよ。それよりも天音さんを危ない目に合わせてごめんね」


「いえ、それは全然良いのよ。それにあなたは私のことを助けてくれたじゃない」


「いや、あれは俺の母親が悪いし。むしろ怪我とかしてない?」


「全然大丈夫よ。あなたが止めてくれたからね」


 それこそ別に大したことをしたわけじゃない。

 でも、あのままだと天音さんが母親にビンタされそうだったからとっさに手を掴んで止めただけだ。


「ならよかった。天音さんすごくカッコよかったよ」


「そうかしら?」


「うん。堂々としていてすごくカッコよかったよ」


 本当に堂々としていてかっこよかった。

 年上の女を相手に一歩も怯まずに話し続けていたのだ。

 俺には同じことはできないかもしれない。


「なら、良かったわ」


 天音さんは少し嬉しそうにそう微笑んでいった。

 その横顔に見惚れながら俺は天音さんの手を引いて家に向かった。

 離すタイミングがなくてずっと握ってしまったけど何も言われなくてよかった。

 これでめんどくさい母親の問題が解決してくれることを願って家の扉を開けるのだった。









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