第27話 一日ぶりの教室にて

「伝えてきたよ」


「そう。美空ちゃんはなんて?」


「腕によりをかけて作るって言ってたよ」


 力こぶを作ってそういっていた妹の姿を思い出しながら天音さんに伝えた。


「それは楽しみね。美空ちゃんは料理が上手そうだったから」


「昔からあいつにはよく飯を作ってもらってたけど本当にあいつに作る料理はうまいぞ。手際も良くて」


「なんだかわかる気がするわ。前に一緒に作ったときも手際が良かったから」


 天音さんに過去の話を聞いて、というか教えてもらえて何か関係の変化があるのかと不安に思ってたけどそんなことは全くなくて安心する。

 以前と変わらずに普通に話せてるし俺もそれに自然に対応できていると思う。


「だから、夕飯に関してはあいつに任せとけば大丈夫だと思う」


「そうね。それに手伝いたいけど今はもう少し横になっていたい気分だわ」


「そうしてくれ。ここでバリバリに無理する必要なんてないんだからさ」


 天音さんは残念な顔をしながらそういっていたけどここで無理してもう一回熱がぶり返したら問題だ。


「それもそうね。今日はおとなしく頼らせてもらうことにするわ」


 天音さんがこうやって俺達に頼るようになってくれたのは過去の話を俺にしてすっきりしたからなのか、それとも他に何か理由があるのかわからないけど全く頼られないよりは全然良い。


「任せてくれ。といっても俺にできることはそんなにないけどな」


 料理はできないし掃除や洗濯もできるわけじゃない。

 本当に今できることはほとんどない。


「そんなことないわよ?こうして話し相手になってくれているだけでもありがたいんだから」


「本当にただ話してるだけだぞ?」


 これといって何かをしてるわけじゃない。

 本当にただ天音さんと会話をしてるだけだ。

 これでも感謝をされるってことはやっぱり天音さんはあまり人と関わってこなかったのだと思う。

 やっと関われた人ですら自分と関わったせいで死んでしまったと思っているのだから当たり前なのかもしれない。

 高校生になって今まで浮いた噂や人と関わらなかったのは天音さんが言っていた通り自分のせいで誰かが不幸になるのを見たくなかったからなんだろうけど、それでも多分だけど天音さんは誰かと関わっていたかったんだと思う。


「それでもよ。こんな風に自分を取り繕わずに会話をしたのは本当に久しぶりなの。空、これは私があなたに絶対に守ってほしい約束よ。」


 ぐっと両手で俺の首に手を回して引き寄せられる。

 整った美しい天音さんの顔が眼前に迫って心臓の鼓動が速くなる。


「あなたは、私の前からいなくならないでね」


 小さい声だったけど天音さんが真剣に言っていることが分かる。


「当たり前だ。俺は天音さんが望まない限りいなくなるような真似はしない。約束だ」


「言ったわね?もし約束を破ったら化けて出てやるんだから」


「それは勘弁願いたいな」


 天音さんになら化けて出てこられるならいいのかもしれないと少し思ったけどそんな冗談を言える雰囲気でもなかったから素直に返答する。


「ふふっ、なら約束は破らないことね」


 俺の首に回していた手を引っ込めながら天音さんは微笑んでいた。

 やはりその自然な笑みに見惚れてしまう俺だった。


 ◇


「本当に大丈夫なの?」


「大丈夫っていってるじゃない。熱も下がったしだるさもないわ」


 翌日

 朝食を食べ終えた俺たちは二人で登校をしていた。

 昨日熱があったことから今日は様子をみて休んだ方がいいといったのだが天音さんは頑固でそれを聞き入れてはくれなかった。

 まあ、本当に体調が悪いわけではなさそうだからいいんだけど。


「あまり学校を休み過ぎると次のテストが大変になるしね」


「いや、天音さんの成績ならそんなことにはならないと思うんだけど。普段からしっかり勉強しているし」


 天音さんは学校に帰ってから夕飯を作ったりした後にいつも復習や予習をしているのを何度か目にしている。

 他にも今まで行われたすべての定期テストでは毎回学年一位を取っている。

 そんな秀才が一日二日学校を休んだ程度で大変になることは無いと思うんだが。

 きっとそういう事ではないんだろう。


「それはそうだけど、授業に出ないとやっぱりわからないことも出てくるのよ。それに今日休んでもどうせ寝ているだけになりそうだしね」


「それはそうなんだけどな~」


 なんて勤勉なんだろうか。

 普通の学生なら休みたいと思うんだろうけど天音さんは自身に妥協を許さないんだろうな。


「それに私が今日休んだらあなたも休ませてしまうでしょう?」


「いや、まあそれはそうだけど」


「それはだめよ。あなたにこれ以上迷惑をかけられないし」


「天音さんがいいならいいんだけどね」


 これ以上何を言っても言い負かされる気がするので話を流すことにする。


「それより空一つ提案があるんだけど」


「なに?」


 このタイミングでの提案っていう事は学校関連の提案かな?

 俺が勝手にそう予想しているうちに天音さんは話し出す。


「あなたの嘘のうわさって無くなったわけじゃない?」


「いや、無くなったのかどうかはわかんないけどね。ただ、噂が嘘だって広まっただけでね」


 噂なんて簡単には消えはしない。

 消えはしないけど上書きはされることはあるわけなんだけど。


「だから、そろそろ教室でお弁当を食べない?」


「教室で?」


 確かに最近はずっと屋上で食べていた。

 景色はそれなりに良いし人もいなくて静かだからいいんだけどいかんせん寒い。

 頭のおかしいくらいに寒い。

 天音さんが教室で食べたい理由もうなずける。


「そうよ。前は周囲の目を気にしないといけなかったけど今はそうではないでしょう?」


「確かに」


 以前は教室に居るだけで悪意にさらされる羽目になった。

 天音さんはそこら辺を考慮して屋上で一緒に食べてくれていた。

 いまなら悪意にさらされることもないから教室で食べてもいいのか。


「だから今日のお昼は私の教室で食べましょう。いいかしら?」


「わかった。ありがと」


 こうして俺は天音さんと教室でお昼を食べることになった。

 この時の俺は想像もしていなかった。

 俺たちが休んでいた一日で学校に起こっていた変化がとてつもないということに。


 ◇


「じゃあまたお昼にね」


「ああ。いつもみたいに昼になったらそっちの教室に行くよ」


 いつもみたいにそれぞれの教室に別れて歩いて行く。

 この前に学校に行ったときは証拠映像を教室で流してすぐに先生に連れて行かれて話を聞かれた後はすぐに家に帰されたからあの後クラスがどうなったかわからないんだよな~

 少し憂鬱になりながら教室に入る。

 前はすぐに冷たい視線を向けられたり悪口を聞こえるように永遠といわれた。

 だが、今回はそんなことは無くなんなら意識すら向けられていないような気がする。

 俺が休んでいる間に何かあったのか?


「おはよう、柳君」


「ああ、おはよう」


 前までは声すらかけられていなかったんだけどいきなり声をかけられた。

 隣の席に一ノ瀬さんか。

 俺の悪評が広まっていた時も一貫して俺の悪口を言ってこなかった人物でもある。

 正直この子のことはあんまり憎めないんだよな。

 というよりはこの子以外俺に悪口を言ってこなかったクラスの人間はいなかった。


「なんかクラスの様子がおかしいんだけど何かあったの?」


「うん、あの後柳君の動画動画を見たクラスのみんなはこぞって堀井さんと藤田君を責め立ててたわ。でも、すぐに生徒指導の先生が来て帰るように言われたの。それで昨日柳君の虐めに加担していた生徒たちは大半が停学処分をくらっていたわ。その中でも藤田君は退学処分になっていたね」


 なるほど。退学処分か。

 まあ、あれだけの証拠を提出して退学にならないなんてことがあったら次は教育委員会に話を通そうと思ってはいたんだけどね。


「教えてくれてありがとう。一ノ瀬さん」


「ううん。これくらいは全然。あとは担任の佐藤先生は懲戒免職になったらしいよ。まあ、当然っちゃ当然何だろうけどね」


 そりゃそうか。俺がそうなるように仕向けたわけだしな。

 わざわざ録音したデータまで渡したんだからそうなって当然だ。


「それはそうかもな。あの先生適当な人だったし」


 一ノ瀬さんは丁寧に今まで起こったことを教えてくれた。

 この子は昔からよく教室で本を読んでいたのが印象に残っている。

 たまに教科書を見せてくれたり親切にしてくれていた。


「柳君。ごめんなさい」


 一ノ瀬さんがいきなり頭をさげてきた。

 なんで?


「待って待って頭を上げてよ。なんで謝ってるの?」


 隣でいきなり頭を下げられて戸惑ってしまう。

 別に俺は一ノ瀬さんに何ら酷いことをされていない。

 謝られる覚えなんてなんだけどな。


「私は柳君がいじめられてる時に止めることができなかった。声をかけることすらできなかった。だからごめんね」


「いやいや、一ノ瀬さんは何も悪いことしてないじゃん。他の奴らは俺に暴言を言ったりしてたけど一ノ瀬さんは何も言わなかったじゃんか」


「でも、止めれなかった」


「あの場面で止めてたら一ノ瀬さんも虐められる羽目になってたよ。だから止めなくて正解だよ。そのことに対して俺は一ノ瀬さんを恨んじゃいないから安心してくれ」


 あの状況でいじめを止めたら次の標的が自分になってしまうなんてことはわかりきっている。

 そんなことをして欲しいなんて言えないししなかったからって俺がその人に当たるのはお門違いもいいところだ。


「ありがとう。柳君」


「別に礼を言われることじゃない」


 一ノ瀬さんと話しているうちにホームルームの時間が始まった。

 入ってきたのは生徒指導の佐々木先生だ。


「お前ら席につけ~」


 それからは今日一日の予定などを話して出て行った。

 クラスを見渡してみれば数人の席が空いていた。

 多分だけど停学になった連中だろう。

 瑠奈の姿もなかったから多分あいつも停学になったんだろうな。


「おお柳!久しぶりだな」


 そう言って声をかけてきたのは同じクラスの飯田だ。

 こいつは俺が冤罪で虐められているときに便乗して散々俺に悪口を言っていた人物でもある。

 こいつは停学になっていなかったんだな。

 残念だ。


「何の用だ?」


「何の用ってそりゃあクラスメイトに話しかけるのに理由なんかいるのか?」


「黙れよ。お前は俺に散々悪口を言っていただろう?なのに今更クラスメイト面をして話しかけてくるな。ひどく不快だ」


 一ノ瀬さんは俺に被害を与えてこなかった。

 ただ傍観していただけだ。

 それを悪いとは思わない。

 けど、こいつは別だ。

 れっきとした加害者。

 そんな奴がいまさら声をかけてくるなんて一体どういう了見なのだろうか。


「おいおい、そんな冷たいこと言うなよ」


「話しかけてくるなと言ったはずなんだがな。日本語すらわからないのか?」


 不愉快で仕方ない。

 それにこいつが俺に話しかけてきた理由は大体予想がつく。


「俺に話しかけても天音さんとは関われないぞ?」


「なんでそれを、」


「簡単な話だろ?俺は天音さんと登校してる。そのことが噂になっているんだから俺と仲良くなれば天音さんとも仲良くなれると考える人間が居ても不思議じゃない」


 そんなことだろうとは思っていたけど、どうやら図星らしい。

 飯田は口をパクパクさせて何かを言おうとしていたけど結局何も言わないまま自分の席に戻って行った。


「柳君も大変だね」


「だな。まあいいさ。こんなことがあるものどうせ一週間そこいらだろうから」


 それくらいたてば俺に接触しても意味がないとわかるだろうし。

 それよりも停学になったやつらはどれくらいで復学するんだろうか?

 戻ってきた後がどうなるのか。

 一応考えとかないといけないな。

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