第26話 この感情は

「ありがとう。少し落ち着いたわ」


 あれからしばらく俺の胸の中で泣きじゃくっていた天音さんが離れながらそういった。

 その顔は熱からなのか羞恥からなのか真っ赤に染まっていた。


「ならよかったよ」


 天音さんの顔は過去を話す前と比べてすっきりしたようだった。

 少しは力になれたようで何よりだ。


「聞いていいのかわかんないけど天音さんはその後どうしたの?」


「前にも言った通り復讐したわ。中学三年で受験を控えている奴らに虐めのことを学校に報告したわ。もちろんすべての証拠付きで。裁判もしたし虐めに関わった生徒は全員高校へは進学できなかったそうよ」


「、、、、、」


 自分から聞いておいてなんだけど言葉を失ってしまった。

 かなりえぐい復讐をしている。

 でも、一人の命が無くなっているのだから加害者はそうなって当然なのかもしれない。


「だから天音さんは裁判とかに詳しかったのか」


「そうよ。全員を地獄に叩き落としてやったわ」


 天音さんがもう二度と復讐なんてしないように愚痴くらいなら聞こうと思う。


「これからは遠慮せずに頼ってくれよ」


「そう何度も言われなくてもわかったわよ。頼らせてもらうわ空」


 天音さんは吹っ切れたように笑顔でそういった。

 その笑みはとても自然なもので少し見惚れてしまった。


「どうしたの?私の顔に何かついているかしら?」


「いや、そんなことはないぞ。それよりも今は病人なんだから早く寝て治してくれ」


 素直に見惚れてました。なんて言えるわけもないから咄嗟に誤魔化す。


「それもそうね。私も空にこの話をして胸がスッキリしたわ」


「俺も天音さんのことが知れてよかったよ」


 本当にすっきりしているようで今までの天音さんの表情よりも曇りがなくなっているように感じる。


「ええ。じゃあ、おやすみなさい空」


「おやすみ天音さん」


 天音さんは俺の手をぎゅっと握ったまま目を閉じた。

 正直俺の心臓の鼓動が伝わらないかと不安に思ってたけどそんな不安をよそに天音さんからはスヤスヤと寝息が聞こえて来た。


「全く、こんなに緊張してるのは俺だけかよ」


 天音さんの油断しきった寝顔を見ながら俺はそんなことを思うのだった。


 ◇


「ただいま~」


「おかえり美空。なんか機嫌がいいな。いいことでもあったのか?」


 夕方ごろに帰ってきた美空はなんだかご機嫌な様子だった。


「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。なんかただいまって言っておかえりって言わてるのがうれしかっただけだよ」


「そっか、」


 家族といたときは両親二人とも家にいないことが多かったし帰りは俺のほうが遅かったから美空がお帰りといわれるのは少なかったのだろう。


「だからお兄に言われて私は結構嬉しいな~」


「単純な奴だなお前は。ま、嬉しそうでよかったよ」


 ニコニコしながら靴を脱いでいる美空を見ながら考える。

 俺が嵌められたことは嫌なことだったがあの両親と別れられたのは良いことなのかもしれない。

 美空がこうやって満面の笑みで過ごしているのを見ていて改めてそう思う。


「永遠姉さんの体調はどう?」


「まあまあってところかな。朝は熱が38度あったんだけど今は計ってないからわかんないな。食欲はあったからすごく体調が悪いってわけじゃないと思う」


 あれから天音さんはずっと寝てるから体温は計ってない。

 でも、寝顔を見ていた感じ体調が特段悪いというわけでもなさそうだった。


「そっか~でも永遠姉さんも風邪とか引くんだね」


「そりゃ引くだろ。人間なんだから」


「いや、そうなんだけど永遠姉さんって完璧な人っていうイメージがあったからちょっと意外で」


 わからないわけでもないけど今日のあの姿を見たらそんなイメージは消えたかもしれない。

 あの時の天音さんは普通の女の子だった。

 俺たちと何ら変わりはしない。

 改めてそう認識することができた。


「まあ、気持ちはわかるけどな」


「でしょ~今は寝てるの?」


「ああ。朝飯を食べてからは多分ずっと寝てるぞ」


「お兄は何してたの?」


「普通に勉強だな。もう少しで学年末試験があるし。することもなかったから」


 もう少しで俺も三年生。

 進学のことを考えればそろそろ勉強に本腰を入れないといけない時期だからな。


「本当お兄は昔から真面目だよね~」


「別にいいだろ。不真面目よりかは」


「それもそうだね。じゃあ、今日の夕飯は私が作るよ。永遠姉さんに確認してきていい?」


「一緒に行こうか。俺も天音さんに体調は見ておきたいし」


 帰ってきた美空と二人で天音さんの部屋に入る。

 まだ眠っているようで規則的な寝息を立てていた。

 その姿はまるで白雪姫のように美しかった。


「寝てるね。どうしようか」


「起きるまで待つしかないだろ?起こすわけにもいかないし。俺がこの部屋にいるから起きたら連絡するよ」


「わかった。じゃあ、お兄看病任せたね」


「ああ。任せとけよ」


 美空はそういって部屋を出て行った。


「にしても、天音さんは俺のことをどう思ってるんだろうな」


 今日の朝聞いた話だと天音さんの親友の空音さんと重ねてみてるって聞いたけど今でも重ねてるんだろうか?


「そうね。あなたのことはそれなりに頼りになる男友達といったところかしら?」


「!?起きてたのか?」


 独り言を漏らしていたら返答が帰ってきた。

 俺は返答が帰ってるなんて思ってなかったからびっくりしてしまう。


「今起きたところよ。それよりもあなたは私にどう見られているのか気になっていたようね」


 眼をこすりながら天音さんは少しからかうように首をかしげていた。

 この感じは俺をからかって遊んでるな。


「別にいいだろ。それよりも体調は大丈夫?」


「強引に話しを変えたわね。まあ、体調に関しては良い感じよ。体温を計るから体温計を取って頂戴」


「わかった」


 ジト目で見つめてくる天音さんをスルーして机の上に置いていた体温計を渡す。

 天音さんはそれを受け取るとすぐに体温を計り始める。

 その瞬間に一瞬肌が見えて、ドキドキしてしまう。

 ダメだダメだ。忘れろ忘れろ。

 顔が赤くなるのを感じる。

 ダメだ、最近どうしても意識してしまう。


「空?顔が赤いようだけど大丈夫?」


「あ、ああ。問題ない。それよりも熱はあったか?」


「いいえ。ほら36度。完全な平熱よ」


 体温計を見せながら天音さんは言った。

 その言葉は本当で体温計の画面にはしっかりりと36度と表示されていた。


「よかった。今日は美空が夕飯を作ってくれるそうなんだけどキッチン使ってもいいか」


「もちろんいいわよ。ありがとうね」


「お礼を言うなら美空に言ってやってくれ。あいつ喜ぶだろうからさ」


「それもそうね」


 ふふっと口元に手を当てて天音さんは笑っていた。

 やっぱり可愛い。

 今日の朝あの話をしてから天音さんはやっぱり表情が明るくあったと思うしよく笑うようになったと思う。

 こんなに可愛いんだから学園のマドンナといわれているのも納得できる。


「じゃあ、美空に伝えてくる」


「お願いするわ。それと、」


「それと?」


 珍しく天音さんが言いよどんでいる。

 なにか言いにくいことでもあるのだろうか?


「伝えたら戻ってきてくれないかしら?一人は不安で」


 上目づかいでそんなことを言われたら断れるわけがないし可愛すぎる。

 今までの天音さんは強い女の子ってイメージがあったんだけど今日はなんだか弱弱しく見えてそれがまた更にかわいく見えてしまう。


「わかった。すぐに戻ってくるよ」


「ありがとね。空」


 ぱあっと花が咲き誇るみたいな満面の笑みでそう言われて昇天しそうになった。

 危ない危ない。

 なんだか今日の天音さんは可愛すぎて困る。


 ◇


「というわけでキッチン使っていいって」


「わかった!今日は私が腕によりをかけて作るから楽しみにしててよね!」


 美空が力こぶを作って自信ありげに笑っている。

 久しぶりに見た妹のそんな姿を見てなんだか心が温かくなった。

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