第25話 永遠の過去と贖罪

「出来たよ。天音さん」


「ありがとう。迷惑かけて悪いわね」


「だから何回も言ってるけど迷惑なんかじゃないって。それに迷惑なら俺のほうがいっぱいかけてるし」


 現に俺の住んでいるこの場所だって天音さんに貸し与えられている部屋だ。

 まあ、こうやって言っても天音さんはそんなことないというのは目に見えてるから言わないけどさ。


「それもそうね」


「そこ肯定しちゃうんだ!?」


 自分から言った事だがまさか肯定されるなんて思いもしなかった。

 でもまあ、否定できないんだけどね。


「だって本当のことじゃないの。ふふっ、あなたと話していると飽きないわ」


「ほらふざけてないで小粥食べて。クスリとかは市販のがあるのかな?」


「ええ。一応あるわよ。リビングの棚の下の方に薬が入っているわ」


「わかった。あとでもってくるよ」


 あなたと話していると飽きない、か。

 それはどういう意味なんだろうな。


「ありがとう。じゃあいただくわね」


「どうぞ。おいしいかどうかはわからんけどね」


 流石に不味いってことは無いだろう。

 小粥だし。


「おいしいわね」


「ならよかった。といっても小粥にうまい下手もない気がするんだけどな」


 小粥なんて大抵普通に作ればそれなりのクオリティのものができると思う。

 失敗する奴は独特の隠し味とかを入れたがるやばい奴だけだと俺は思う。


「それもそうなんだけど。風邪の時に看病をしてくれる人なんて今まで全くなかったから」


 天音さんは少しだけ悲しそうに眼を伏せていた。

 きっと昔に何かあったんだろう。

 気にはなるけど俺が安易に踏み込んでいい領域なのかわからない。

 高校生で一人暮らしをしているあたり家庭環境も複雑なんだろう。

 両親は海外らしいし。


「いつでも頼ってくれていいからな。俺にできることは少ないかもしれないけど、絶対に天音さんの味方になるから」


「少し頼りないわね」


 そこを言われると辛い。

 天音さんはクスクス笑っているので冗談だとは思うが。

 いや、冗談だと信じたい。


「それでも、俺は絶対に味方になるよ」


「ありがとう。そんなことを言われたのも初めてだわ」


「ならよかったよ」


 ◇


「ご馳走様」


「お粗末様でした」


 食欲はあるようで用意した小粥を残さずに食べてくれた。

 これだけ食べれればすぐに回復するだろう。


「じゃあ、クスリ持ってくるね」


「お願いするわ」


 一度天音さんの部屋を出てリビングにある薬を取りに行く。

 やっぱり天音さんの部屋はしっかり整理されてるな~と棚をあけてみて思った。

 箱ごとにクスリをまとめておりしっかりラベルまで張っていた。


「風邪用、これかな」


 ラベルの貼られた箱を開けると俺でも見たことがあるような市販の風邪薬が入っていた。

 よし、あんまり漁ってぐちゃぐちゃにしたら不味いし早くこれ持っていこう。


「クスリ持ってきたよ」


「ありがとう」


 水の入ったコップと一緒に薬を差し出す。

 すぐに薬を飲んで天音さんはほっと一息ついていた。


「じゃあ、俺はリビングにいるよ。俺が居たらゆっくり寝れないだろうし。何かあったら呼んでくれ」


「ちょっと待って」


 立ち上がって部屋を出て行こうとしたら腕の袖を掴まれる。

 顔を見てみれば酷く不安そうな顔をしていた。


「どうしたの?」


「一つお願いしてもいいかしら?」


「全然良いよ」


 普段とは違う様子の天音さんに少し戸惑ってしまうけど、すぐに頭を切り替えて天音さんのお願いを聞く。


「私が寝るまで手を握っててくれないかしら?」


 天音さんがこんなことを言うなんて想像もしていなかったから少し面食らってしまう。

 その間に天音さんは俺の沈黙を拒絶と受け取ったのか悲痛に顔が歪んでいった。


「もちろんいいよ。俺なんかの手でよければ握ってくれ」


 振り返ってベッドのそばに座って右手を差し出す。

 するとすぐに天音さんが俺の手を握ってくる。

 俺の手より一回り位小さくて柔らかい。


「ありがとう。本当に落ち着くわ」


「ならよかったよ」


「空は聞いてこないのね」


 天音さんは俺の手を握りながら静かに語りだした。


「聞いてくるって何を?」


 心当たりがないわけじゃないけどな。


「私の過去のことよ。気になってはいるんでしょ?」


「まあね」


 ビンゴだった。

 天音さんが過去に復讐をしたことがあると聞いたときから気になってはいた。

 でも、それと同時に聞くべきでもないと思っていた。

 復讐ってのはどれも辛いものだと俺は思う。

 成功しても失敗しても誰も幸せにならない。

 仮に成功したとしてもそれは必ず苦い記憶になる。

 だから聞くべきではないと思っていたんだ。


「ならなんで聞かないのよ」


「だって俺が聞いていいことかどうかもわからないし。それに無理に聞くことでもないだろ?」


「それでも聞いてしまうのが人間というものだと思うのだけど、」


「それを聞いたところで何も変わらないから意味はないよ。俺は天音さんが復讐をしたからといって嫌うことは無いし軽蔑することもない。だからわざわざつらい過去を掘り返してまで聞くことじゃないと思ったんだよ」


 天音さんがどんな人間か理解しているなんて傲慢なことを言うつもりなんか俺にはない。

 でも、何をしていたとしても天音さんが俺を救ってくれたことに変わりはない。

 だから今まで聞いてこなかったしこれからも無理に聞く気はない。


「あなたなりの気遣いという事かしら?」


「そんな大層なものじゃないよ。人として当たり前のことだよ」


「それが人として当たり前なら大抵の人間は当たり前ができていない人間になってしまうわ」


「そうかな?」


 これくらいは普通にみんなやっているものじゃないんだろうか?


「ええ。そういえばあなたはお人よしだったわね」


 頭をもう片方の手で押さえながら天音さんはつぶやいた。

 この反応はきっと呆れられてるんだろう。


「なんでいきなりそんな話をしてきたの?」


 こんな寝込んでいるときにするような話ではないと思う。

 体調が悪い時に暗い話をするとさらに体調が悪くなりかねないから。


「なんででしょうね。ただ、空には聞いてほしいと思ったからかしら」


 自分でもわからないというように天音さんは苦笑していた。

 本当に分かっていないのだろう。

 とても困惑したような表情をしていた。


「そっか。じゃあ、聞かせてもらおうかな」


「そうして頂戴」


 そうして天音さんはベッドに横になりながら静かに語り始めた。


 ◇


「空も聞いたことがあると思うけど私の両親はとある会社の社長なの。そのおかげで昔から両親は海外にいることが多くて、まだ小さかった私は家政婦さんと二人で暮らしてた。もちろん家政婦さんだから時間になると帰っちゃうし来ない日もあった」


 天音さんは遠い昔を思い返すような遠い目をしながら語りだした。

 その表情は悲しいというよりは過去を懐かしんでいるような顔だった。


「学校でもなじめずに小学生の時はろくに友達もできなかった。でも、中学に上がったときに初めて友達といえる存在ができたの。いつも一人でいる私に声をかけてくれて遊びによく誘ってくれたわ」


「いい友達だったんだね」


「ええ。今でもあの子を超える友達が現れることは無いと思っているわ」


 それはきっと親友といってもいい存在なのだろう。

 天音さんの優しい顔つきを見ていればわかる。

 その友達がどれほど大切な人間だったのか。


「中学二年に上がるころにはその子と常に一緒に行動していたわ。お昼ご飯を食べるにも移動教室に行くのも。帰る時ですら一緒に過ごしていたのをよく覚えているわ」


 本当に優しい目つきだった。

 今まで一緒に過ごしてきて初めて見るような顔で話していた。


「でもね、学校の連中はそんなあの子が気に入らなかったみたいなの」


「気に入らないってなんで?話を聞く限りかなりいい子だと思うんだけど?」


 今のところその女の子が疎まれる要素が無い。

 独りぼっちだった女の子に声をかけて一緒に過ごしてくれるような優しくて気遣いができる子を疎ましく思うなんて俺には理解ができなかった。


「そうよね。でも、中学で私は本当にその子としか関わってこなかったのよ。それが良くなかったのでしょうね。中学二年の夏休み以降その子は虐められるようになった。私が知らないところでね」


「、、、」


 天音さんは可愛い。

 そして社長の娘だ。

 仲良くしておいて損はない。

 そう考える人間からしたら天音さんの友達は邪魔だったのかもしれない。


「当時の私はそのことに全く気が付かなかったわ。本当に救いようがないわよね」


 自嘲気味に目を伏せながらぽつりとつぶやいていた。


「、、、」


 そんなことは無い。というのは簡単だ。

 でも、そんなことを言ってもなんの気休めにもならないと思った。

 だから俺は口を噤んだ。


「それから一年後の夏休み。その子は、空音は自殺したの。私のせいで、私なんかと関わってしまったからあの子は死んでしまった。私が殺したようなものよ」


 声は震えていた。

 天音さんの目からは涙が流れていて俺の手を握る力は強くなっていた。


「天音さんは悪くないじゃないか」


 天音さんは悪くない。

 悪いのは虐めを行った人間だ。

 天音さんも、空音さんも被害者だ。


「いいえ。悪いのは私よ。空音がいじめられている時、私はそんなことに気が付かずにのうのうと生きていた。あの子に何一つ恩を返せなかったのよ」


「それでも天音さんは悪くない。悪いわけがない」


 全てに気が付くなんて無理な話だ。

 人間言葉に出しても伝わらないことがあるのに些細な変化でいじめを受けているなんて気が付かないほうが普通だ。


「それ以来、私は人と関わるのが怖くなった。また私のせいで人が死んでしまうのが耐えられなかった。だから高校生になってからは交友関係を持たずに告白されても全部断ってきた。私と関わって誰かが不幸になるのを見たくなかったのよ!」


 天音さんは声を荒げながら言った。

 だが、いまだに俺の右手は握られておりかなり強い力が込められていた。

 これが天音さんが高校で一人だった理由。

 、、、じゃあ天音さんはなんで俺を助けてくれたんだ?


「なんで、天音さんは俺を助けてくれたんだ?その話からすると俺とも関わりたくはなかったはずだろ?」


「、、、似てたのよ。あなたが空音に」


「どういうこと?」


「あなたの雰囲気や考え方。名前も似ているわね。だから私はあなたを助けることで少しでも空音に贖罪をしようとした。私はあなたを利用していただけなの。だから私があなたにお礼を言われる資格なんてないのよ」


 天音さんはひどく苦しそうにそういった。

 実際きっと苦しかったんだろう。

 たまに天音さんが俺を見ていないような気がしたのはきっと空音さんに重ねてたからなんだろうか。


「関係ないよ。天音さんがどんな理由で俺を助けたって俺が天音さんに助けられた事実は変わらない。利用してくれたってかまわない。それで天音さんが救われるなら存分に俺を使ってくれ。もとより俺は天音さんに恩を返したいと思っているから」


 関係ないのだ。

 天音さんが俺をどう見ていてなぜ俺を助けてくれたのか。

 俺はそんなの関係なく天音さんに恩を感じるし恩を返したいと思う。

 天音さんは優しいから俺のことを利用しているという意識が強すぎるのかもしれない。

 全然そんなことは無いのに。


「いいの?」


「もちろんだ。俺は天音さんのそばにいる。だから存分に頼ってくれていいし甘えてくれてもいい。もちろん贖罪をしようとしたっていい。俺は天音さんと離れるつもりはないからな」


 多分それが今の俺ができる最大の恩返しだから。


「空、そういう所が本当に似てるのよ」


 眼を背けながら天音さんは言った。


「そうなんだ」


 会ったことは無いからわからないけどこの反応を見るに相当似ているらしい。

 性別は違うはずなんだけどな。


「じゃあ、さっそく甘えてもいいかしら」


 天音さんは上目遣いで俺のことを見つめながら問い掛けてきた。

 正直かなり可愛い。

 こんなお願いのされ方をして断れる男がこの世にいるのだろうか?


「もちろん」


「胸を貸して頂戴」


「仰せの通りに」


 ベッドに腰を掛けて天音さんを抱きしめる。

 胸の中には小柄な天音さんがいる。

 体温は熱もあるからかやはり少し熱い。

 そんな天音さんは俺の胸に顔をうずめながら嗚咽を漏らしていた。

 俺はどうしていいのかわからず戸惑ったがそっと背中をさするのだった。


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