第5話 空のこれから

「どう?部屋は気に入ってもらえた?」


「うん。気にいるも何もこんなにいい部屋に住まわせてもらえるのに文句なんて何もないよ」


「うむ、よろしい。そういえば聞いていいのかわかんないけど何があったのか詳しく聞いてもいいかな。柳のこと」


 一通り部屋についての説明を受けた後に天音さんの部屋のリビングに腰を下ろす。

 めちゃくちゃすごい部屋だった。

 景色は綺麗だし設備も充実していた。


「もちろん。ここまでしてもらったのに天音さんに隠し事なんてできないよ」


「別に無理しなくてもいいんだよ?私も無理に聞こうなんて思ってないからさ」


「いや、聞いてもらえると嬉しい。自分でもよくわかってないんだけどさ。これからどうすればいいのかとか全く決まってないから相談がてら聞いてもらってもいいかな?」


 隠し事をするつもりもない。

 それに俺は自分がこれからどうしたいのかどうするべきなのか全くわからない。

 でも、少しでも今思っていることを吐き出して楽になりたいとも思うし相談することで自分の進むべき道が開けるかもしれない。

 そう思って俺は天音さんに今まで俺が経験したことを話すことにした。


「そういう事なら聞かせてもらうけど、無理はしないでね」


 天音さんはやはり気を使ってくれている。

 それが分かって少し心が温かくなる。

 今日一日でボロボロになっていた心が少しマシになったような気がした。

 口調は少し棘があるように感じるときがあるがやっぱり根は優しいのだと思う。


「えっと、最初に俺と瑠奈、堀江が付き合っていたのって知ってるかな?」


「ええ。あなたたちは幼馴染カップルとして学園でも有名だったからね。まあ、顔とかは知らなかったけどさ」


 俺たちって有名だったのか。

 初めて知る情報だ。


「俺たちはクリスマスにデートに行く約束をしてたんだ。でも、前日に急用ができたとかで断られた。」


「クリスマスに急用なんて入るの?あんまり想像できないんだけど」


 天音さんは首をかしげながら小難しそうな顔をしていた。

 俺もおおむね天音さんと同じ考えだ。

 クリスマスに恋人よりも優先されるような急用が入るなんて考えずらい。

 親族の訃報とかならまだしもそういうわけでもなかったしな。


「だよね。俺もそう思ってた。浮気なんてされるわけないって思ってたんだけどね。あはは」


 乾いた笑みがこぼれる。

 流石に悲しくなってくるがさすがにここで涙を流すわけにはいかない。


「されるわけないってことは浮気されてたの?」


「まあ、結論から言うとそうだね。相手は俺の親友だった藤田悟っていう男子。知ってる?」


「知ってるわね。確か野球部のエースとかだったかな?告白されたこともあった気がするけど覚えてないや」


 天音さんはけろりとそういった。

 まさか、あいつ天音さんに告白してたなんて知らなかった。

 しかもばっちり振られるどころか告白されたことを覚えられてすらいなかった。

 可哀想に。


「そっか。それで俺はクリスマス当日に適当に街中をぶらついてたんだ。そしたらホテル街を歩いている二人を見ちゃって、」


「いや、もういいよ。そこまで聞けば大体わかるし。それに気づいてないかもしんないけど今の柳泣きそうな顔してるよ?無理しなくていいからさ」


 天音さんは少し気まずそうな顔をしながら俺の背中をさすってくれた。

 その気遣いが心にしみる。


「ありがとう。で、そのあとの冬休みは何もせずにずっと引きこもって過ごしてた。でも、今日学校にいったらあんな噂が広まってて家に帰ったら母からも信じてもらえずに追い出されたよ」


 今日あった出来事なのになんだか遠い昔のような感覚に陥る。

 母に追い出されたのだってつい数時間前のはずなのにもう何週間も前の時みたいに感じる。


「それで、路頭に迷って公園のベンチに座り込んでいるときに私に出会ったってところかな?」


「うん。まさか天音さんに声をかけられるなんて思ってもみなかったけどね」


「私だって同じ高校の制服を着た男の子がいきなり死ねば楽になるかな?なんて言ってたらさすがに声をかけるでしょ?それで翌日にニュースとかにあんたが出てたら後味が悪いじゃない」


「それは確かに」


 俺もその状況に居合わせたら声をかけていたかもしれない。

 天音さんの言う通り翌日にニュースに出てたら後味が悪すぎる。

 あの時に声をかけていればって後悔するかもしれない。


「でしょ?」


「でも、あの時の言葉の意味って何だったの?」


「あの時の言葉?」


「ほら、死ぬことが楽ってそんなわけないじゃないってやつ」


 いきなり声をかけられてあの時は混乱してたけどよくよく考えてみればなんだか意味深だ。

 普通ならなんでそう思うのとかそういう言葉じゃないだろうか?

 でも、真っ先に出てきた言葉は今思い返してみればとても声音が低かったような気がする。


「あ~あれね。特に意味なんてないけど強いて言うなら私は一回死にかけたことがあるの。生死のふちを彷徨って結局死ななかった。だから死ぬ苦しみはわからないけど死にそうになる苦しみは知ってる。だから死ぬことが楽なんてことはありえないんだよってだけ」


「死にかけた?」


「うん。死にかけた。でも、この話をする気は無いからね。詮索もしないで」


 天音さんは複雑な顔をしながらくぎを刺した。

 こういわれては気になりはするものの聞くことはできない。


「わかった。俺も無理に聞くことはしないよ」


「ありがと。あと、聞きたいんだけど柳はこれからどうする?好きなだけここに居てくれてもいいんだけどやりたい事とかはあるの?」


 やりたい事、か。

 学校は行きたいけど行ってもあの状況じゃあろくに勉強なんてできないだろうし。

 俺はまだ未成年だから1人で転校の手続きとかバイトに応募できるか怪しいしな。

 そもそもそんなお金はないし。

 かといって高校中退は今後に響くよなぁ~


「すぐには思いつかないかな。でも、将来のことを考えたら高校は卒業しておきたいな」


「難しいね。今の柳が学校に行ってもまともに授業は受けれないだろうし、そんなことをしたら君を陥れた二人の思うつぼだろうね。どうしたもんかな。転校の手続きとかは流石に両親の許可とかがいると思うけど話を聞いた感じそれどころじゃなさそうだよね」


「うん。話すら聞いてもらえなかったからね」


 母は俺よりも瑠奈の言っていることを信用した。

 父がどう思っているのかはわからないけど母と同じスタンスでいると考えたほうがいいだろうな。

 美空はどうだろう?

 あいつは信じてくれそうな気もするけど会う機会が無いしな。

 一つ下の妹のことを密かに考えていると天音さんが立ちあがって近寄ってきた。


「とりあえず私と学校に行くっていうのはどう?そうすれば私の目のとどく範囲内では露骨に嫌がらせはできないと思うんだけど?」


「いいの?それをすることで天音さんに変な噂が立っちゃうかもしれないよ?」


 嬉しい提案だけど俺のせいで天音さんが悪く言われるのは嫌だ。出会ってまだ数時間しか経ってない関係でも天音さんは俺を助けてくれた恩人だから。


「別にその位私は気にしないんだけど。それに噂程度で離れていく人間に私はそもそも興味が無いから。そこの心配はしなくてもいいかな。それよりも問題はあんたのこと。乗り掛かった舟よ。最後まで協力してあげるから」


「ありがとう。じゃあお願いしようかな。正直どうなるかはわかんないけど高校は卒業したいし大学にも行きたい。まあ、お金がないからまずはそこからどうにかしないといけないんだけどね」


 どれだけ勉強ができてもお金が無かったら大学には通えない。

 その逆もまたしかり。

 バイトができるかどうかは怪しいけどまさかそこまで天音さんに頼るわけにもいかないしな。


「そういう事なら私のお願いを聞いてくれないかしら?もちろんきっちりと報酬は出すわ」


「いやいや、報酬なんかもらわなくても天音さんの頼みなら聞くよ?こんなに助けてもらってるんだし」


 俺は今日一日で彼女にかなり救われている。

 もし、あの時声を掛けられなかったら本当に自殺をしていたかもしれない。

 だから俺は天音永遠という少女に返しきれない恩がある。


「全くあんたって本当に謙虚よね。お金持ってないんだから素直に報酬を受け取るっていえばいいのにさ。まあ、そういう所が気に入ってるんだけどね」


 天音さんは少し可笑しそうに笑っていた。

 笑われるようなことを言った覚えはないけど楽しそうだから良しとしよう。


「私があんたに、柳空にお願いすることは私の護衛よ。学校に行くときと帰るときは常に一緒に行動してもらうわ。報酬は一か月に100万円。もちろん登下校中に絡まれたらそれの対処もお願いするけどいいかしら?」


「いやいや、ちょっと待ってくれ!そんなことをするだけで100万円なんてもらえない。どう考えてもわりに合わないじゃないか」


 登下校に一緒に行動するなんてさっきの話の流れからしたら当たり前のことだ。

 それだけで100万円なんてもらい過ぎだ。

 いや、そもそもなんで彼女は俺にここまでするんだ?

 同情にしてもやりすぎな気がする。


「別にいいのよ。まあ、どうせあんたはそういって断ろうとすると思ってたけどね。いいから受け取っておきなさい。この先何をするにしてもお金は必要よ。それを渡す口実なんだから全く。察しの悪いところは減点ね」


 肩をすくめてやれやれといわんばかりに両手を上げながら言う。

 何を採点されているのか気になる所ではあるけど今は置いておくとしよう。


「本当にいいのか?」


「だからいいっていってるじゃない。でも、仕事はしてもらうからね?」


「もちろん。ありがとう天音さん。いつかこの借りは必ず返すから」


「別に気にしなくていいんだけど。あんたがそういうなら期待しないで待っておくわね」


 こうして所持金が100万円増えた。

 未だに天音さんが何を考えてるのかわかんないけど今はこの好意に甘えることにしよう。

 でも、やりたい事か。

 正直な話俺はあのまま瑠奈と結婚するのもだと思っていた。

 そのことを信じて疑わなかった。

 でも、現実はあまりにも非情で俺の生きる意味ともいえるようなものが無くなってしまった。

 これからは生きる意味も探さないとな。

 俺はそう決意した。

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