第4話 拠点確保と破格の条件
「そういえば柳ってなんで私の名前を知ってたわけ?」
「いや、学校のマドンナって言われてるほど有名な人のことくらいは流石に知ってますって。天音さんを知らない人なんてうちの高校にはいないと思いますよ?」
天音永遠は類まれな容姿と清楚でおしとやかな性格。
定期試験では常に学園一位を取っている秀才として名が知れ渡っている。
他にも数多の男の告白を断っていることも有名な話の一つであった。
「なんか、私の知らないところで有名になってるのって気持ち悪いな~」
「そうですかね?悪評とかは一つも聞かないんでいいんじゃないですか?」
「そういう問題じゃないんだけどね。それに今の私と関わったあんたならわかるんじゃない?学校で噂されてる私が猫被ってることに」
「まあ、はい。完璧で清楚なお嬢様ではないなと思いましたね。でも、人間多少なりとも猫を被っているものですし気にするほどのことでもないと思いますよ?」
猫を全く被らない人間なんてほとんどいないと思う。
大なり小なり人間は猫を被っている。
勿論俺だって猫を被ることはあるのだから他の人が猫を被っているのをとやかく言う権利はないし猫を被っていることは別に非難されるようなことじゃないと思っている。
「あんたやっぱり面白いね。私にそういう事を真正面から言ってきた奴なんて今まで一人もいなかったよ」
「そうですか?まあ、いつもの天音さんにこんな口は聞けないでしょうけど今の天音さんはなんだか話しやすいですし」
「ていうか、なんで敬語なわけ?私達同い年でしょ?そこまでかしこまられるとなんだか気持ち悪いんだけど?」
「ごめんなさい。なんだか天音さんにため口って聞きにくくて」
あの学園のマドンナにため口なんて恐れ多い。
というのが俺の本音だが本人に向かって馬鹿正直にこんなことを言えるわけもない。
「いや、全然ため口でいいよ。だって同い年なわけなんだし同じ学校だし逆にそんなにかしこまられても気持ち悪いっていうかね。そういうわけだから敬語禁止で」
「わかった。これでいい?」
「うむ。よろしい。そんな感じのほうが私も話しやすくていいな」
どうやら、天音さんは俺が思っているよりもフランクな性格の人間らしい。
やっぱり人は見た目によらないということいだろうか?
「というか結構歩いたけど天音さんの家ってまだなの?」
「そろそろね。というかもう見えてるし」
といってもここら辺に家らしきものは見当たらない。
ここは比較的駅が近い場所であるし出店などは多いけど住宅のようなものは見当たらない。
「え?見えてるの?全然それらしいものは見えないんだけど」
「いや、見えてるでしょ?あそこのマンションだよ」
そう言って天音さんが指をさす場所にはいわゆるタワマンがそびえたっていた。
「えっと、あそこのタワーマンション?」
「うんそうだね。あそこの最上階の全部の部屋を借りてるんだ」
全部の部屋???
最上階の部屋って一部屋月数百万くらいするはずなんだけどな。
やっぱり天音さんの両親が社長って言うのも嘘じゃないんだろうな~
お父さんが社長なのかお母さんが社長なのかはわかんないけど。
どっちも社長ってことは流石にないだろうし。
「えっと、それってかなりお金かかってるんじゃ?」
「さぁ?具体的な金額はわかんないけどまあそれなりに高いんじゃないかな?最上階の部屋全部っていっても三部屋しかないしね」
「いやいや、普通三部屋も借りないでしょ。何部屋使ってるの?」
「私が使ってるの一部屋だけかな~だから残り二部屋は余ってるの。もしよかったら一部屋使う?」
とても魅力的な提案だった。
正直このままいけば凍死は確定したようなものだ。
それにこれからどうするにも拠点は必要になる。
それを提供してくれるっていうなら願ってもないことだ。
「いいのか?俺たちは今日あったばかりのほぼ他人みたいなもんだぞ?」
「うん。別にいいよ。それに両親は海外にいるから今は私一人だから広すぎる家って寂しいんだよね。それにあんたにはもう私の素を知られたわけだからこれから時々愚痴とかに付き合ってもらえると嬉しい。というかそれが条件でどうかな?もちろんバイトとかが見つかるまでの食費とかも出すからさ」
「なんでそこまでしてくれるんだ?」
俺にとって何一つデメリットが無い提案を聞いて逆に不安になる。
もしかしたら天音さんは俺を嵌めようとしているのかもしれないと。
失礼なのはもちろんわかっている。
でも、あんな経験をした後にすぐに人を信用できるほど俺はお気楽ではなかった。
「ふふっ、柳は私のことを疑ってるんだね」
天音さんは口元に手を当てて微笑んでいた。
その顔に不快感や怒りなどが見えなかったから少し安心した。
「ごめん。でも、この条件は流石に俺にメリットがありすぎる上にデメリットが全くない。だから少し不安になったんだ」
「別に謝ることじゃないよ。逆にここですぐに了承したらこの話を白紙に戻そうと思ってたしね。やっぱり君はある程度信用ができる人間だね。合格だよ柳」
「どういうこと?」
俺は何かを試されていたんだろうか?
心当たりは全くない。
今の問答で何かを試してたのだろうか?
「私は今までいろんな人に言い寄られてきた。だから男性は少し苦手だし下心しかない視線で見られるのも不愉快で仕方なかったの。でも、あんたはそんな視線を一切向けてこなかった。それに加えて私と同じ空間に破格の条件でいられるという権利を疑った。もし私に下心がある人間だったら即答で了承してたよ。だから合格。あんたと話してるの楽しいし、しばらくは好きに使ってくれていいよ」
そう言いながら天音さんはカバンの中から一枚のカードを取り出して俺のほうに投げてきた。
「これは?」
「カードキーだよ。私の隣の部屋のね。じゃあ、これからよろしくね?柳」
「なんだか、ここまでしてもらう理由がわかんないんだけど天音さんが俺を嵌めるメリットなんかないだろうからしばらくはご好意に甘えることにするよ。よろしく天音さん」
こうして俺の新たな拠点が手に入ったのだった。
今まで暮らしていた家よりも数段グレードが上がった。
でも、拠点が手に入ったからといってすべてが解決するわけでもない。
(学校どうするかな~)
そう考えながら俺は天音さんと二人でエントランスをくぐるのだった。
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