第32話: ギルバートの親友
以下は、時系列的にアストリアとセラフィス分離直後(詳しくは第26話を読んで下さい)のお話です。
・セラフィス、ギルバート(ローハンがまもなく合流します)
・アストリア(単独行動中)
・マチルダ("怒の魂"に支配され、単独行動中)
一つだった旅の仲間は3つに分裂しました。
──────────────────
正義感の暴走によるアストリアの攻撃からの逃亡──。
凍てつく風が吹き荒れる荒野に、二つの影が現れた。
──ギルバートとセラフィスだ。
魔法陣の光が消えた後、彼らは地に膝をついた。
ギルバートの息は荒く、彼の杖に埋め込まれた宝玉には無数のひびが入っている。
アストリアの雷撃の凄まじさを物語っていた。
「・・・やっとたどり着いたか……。」
地面に倒れ込むようにして呟くギルバートの声は弱々しかった。
セラフィスは周囲を見回しながら、冷静に状況を確認する。
荒涼とした大地の遠方に、高くそびえるガルム帝国の城壁が薄らと見える。
「ここは……もしかして、ガルム帝国近郊?」
「ああ……杖の宝玉が……魂の波動を感知し、私をここへ誘った……。だが……」
ギルバートは静かに頷きながら言う。
そして、彼は杖を見下ろし、その損傷に顔を歪めた。
「アストリアの雷撃で宝玉が損傷した……もう二度とワープ魔法は使えない....。」
セラフィスはギルバートの傷ついた体を支えながら、目を細める。
「その杖が壊れた以上、魂を追跡する術も限られる。あなたの体も限界だ。一度立て直すべきでは?」
「いや……今は時間がない……。」
ギルバートは杖を支えに立ち上がり、遠くを見据える。その目は焦燥に燃えていた。
「・・・マチルダがハウロンを襲ったあの夜、私は彼女を止めるだけで精一杯だった。"怒の魂"の力は想像を絶する……。奴は今も彼女を苦しめ続けている。私がもっと精神力を鍛えていれば……あれを封じることができたはずだ……。」
彼の声には後悔と自責が滲み出ていた。
「・・・"怒の魂"の魔力がそれほど強大であれば、あなた一人の力で抑えるのは不可能だったはずです。それは、あなたの責任ではありません。」
一瞬、セラフィスの声がギルバートの自責を和らげるかに思えたが、ギルバートの顔は依然として沈んだままだった。
「しかし、一つだけ疑問があります。なぜあなたも"イザベル姫の魂"を回収していたのですか?」
セラフィスの問いに、ギルバートは一瞬動きを止めた。そして、視線を逸らし、かすれた声で答える。
「・・・決してこの魂をイザベル姫の元に届けてはならない。それだけは覚えておいてくれ。だが、今はそれ以上言えない。」
彼の言葉には、明らかに意味深な響きがあった。
──アストリアと分離したあの時、手に入れた"喜の魂"の小壺。
彼は無意識にポケットに手を触れ、その感触を確かめた。
(・・・用心するに越したことはない。)
──その時。
遠くから響く馬蹄の音。
隊列を組んだ一団が近づいてくる。
ギルバートは咄嗟にセラフィスを岩陰へと引き込んだ。
「敵だ……!」
近づく隊列の中央に鎮座する巨大な影。
その影を率いているのは、黒い鎧に身を包んだゾグナスだった。
彼の腰元には、青白い光を放つ奇妙な結晶がぶら下がっている。
それを見た瞬間、セラフィスの目が鋭く光る。
「・・・あれは……もしかして、"哀の魂”……?」
ギルバートもその光景を目にし、顔色を失った。
「・・・そうか……そういうことか。これで全て繋がった……!」
彼は何かを理解したように呟いたが、すぐに胸を押さえて苦しげに咳き込む。
セラフィスは岩陰で慎重にゾクナスの隊列を見送りながら、ギルバートに囁いた。
「あなたの傷と杖の状態では、これ以上の移動は無理だ。まずはどこか安全な場所で体制を整える必要があります。」
「・・・隠れ家として最適な場所を知っている......。」
そう言うギルバートの目には焦りと絶望が浮かんでいた。
セラフィスはギルバートの傷口を簡単に処置しながら、その言葉に耳を傾けていた。
目の前の男性は、体だけでなく心にも深い傷を抱えているようだった。
ギルバートは重い息をつき、低く語り始めた。
「・・・私は、マチルダの父親、ルーカス・レオンハルトと親友だった。彼は──ノルヴィアの圧政に抗うレジスタンスのリーダーだったんだ。」
ギルバートの声はしだいに震え、過去を掘り返す痛みが滲み出ていた。
「だが、それに目をつけたノルヴィア国王が、ルーカスの抹殺をゾクナスに依頼した。ゾクナスはその依頼を完璧にこなした。・・・あの10年前の惨劇だ。彼の家族も仲間も、皆……。マチルダ以外は.....。彼女だけはノルヴィア国王の息子のお気に入りであったために死を免れたのだ......。」
言葉を区切るたび、ギルバートの肩がわずかに揺れた。セラフィスは無言で聞き続ける。
「ザクナスの権力が急速に拡大したのは、その功績が所以だ。だが、ルーカスは……最後の最後まで諦めなかった。」
ギルバートは静かに目を閉じ、記憶を呼び起こすように間を置いた。
「彼は亡くなる前、この辺りの地下深くに、レジスタンスのアジトを作っていたんだ。ガルム帝国の地下に秘密裏に築かれた隠れ家だ。そこには、彼を慕うレジスタンスの者たちがまだいるはずだ。」
ギルバートの瞳がぎらりと輝いた。
全盛期を過ぎても尚、強い意思の炎が消えていない。
「彼らと力を合わせれば、私達も立て直すことができるだろう。ここでうずくまっている場合じゃない。計画を練り直し、ゾクナスを追うんだ。そして……マチルダを救う。」
セラフィスは頷いた。
その瞳に迷いは感じられなかった。
ギルバートが弱った体を起こそうとするのを見て、セラフィスは急いで肩を支えた。
「時間がない。」
ギルバートは力を込めてセラフィスの手を押しのけた。
「今すぐアジトに行こう。ここにいては、追手がすぐに来る。」
セラフィスはギルバートの目を見つめ、短く頷いた。
そして二人は、傷ついた体と心を互いに支え合いながら、地下深くに隠された希望を目指して歩き出した......。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます