第31話: ハウロンの意志
アストリアが鉄の扉の向こうへ押し込まれると、重い音を立てて錠がかけられた。
薄暗い牢獄の中には、ひどい湿気と鉄の錆びた臭いが充満している。
彼は、少しずつ目が慣れてくると、周囲の様子を確かめた。
そこには、見覚えのある顔があった。村で穏やかに迎え入れてくれた人々、
そしてその中央に座り込んでいるのはハウロンだった。
「ハウロン!」
アストリアが叫ぶと、疲れ切った表情のハウロンがゆっくりと顔を上げた。
その目にはわずかながらの光が宿っている。
「……アストリア、無事だったか!」
「お前こそ! ひどい目に遭わなかったか?」
「いや、俺は大丈夫だ。だが……」
ハウロンが視線を巡らせると、そこには数多くの人間達が肩を寄せ合い、座り込んでいた。
中には子どもや老人もいる。
その多くが痩せ細り、疲弊しきった様子を見せていた。
「……こんなことに……」
アストリアは怒りを噛み締めながら呟いた。
ハウロンは静かに語り始めた。
「あれから、村の中で魔獣と人間の共存に反対する過激派と穏健派に分裂するようになった。俺たち穏健派はなんとか和解を続けようとしたが、過激派の一部が俺達をこのガルム帝国に売ったんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、アストリアは胸の奥に突き刺さるような痛みを感じた。
「俺達が村に来たばっかりに、こんなことになってしまって……本当に、申し訳ない……」
頭を垂れたアストリアの声は震えていた。しかし、すぐに周囲から声が上がった。
「君達は何も悪くない。」
「気に病むことはないさ。」
「遅かれ早かれ、こうなっていただろう。」
村の人々が口々に言うその言葉に、アストリアは戸惑いながら顔を上げた。
「俺達がここにいるのは、君達のせいじゃない。むしろ、君達が来てくれていたあの時間は、俺達にとってかけがえのないものだった。」
その言葉に、アストリアの胸の中に湧き上がっていた自責の念が少しだけ和らいだ。
それでも、彼の中には明確な決意が生まれていた。
「・・・俺が必ず、ここからみんなを助け出す。」
その一言は、疲弊していた人々の間に、わずかながらも希望を灯したのだった。
牢獄の外からは、看守たちの荒い足音が響いている。
この閉ざされた場所での戦いは、まだ始まったばかりだった。
「みんな、希望を捨てるな!」
アストリアの声が、湿った牢獄の空気を切り裂いた。彼は鉄格子の隙間から人々を見渡し、力強い目で語りかける。
「必ずここを出る方法はある。一緒に脱出しようぜ!」
その言葉に、人々の間にわずかなざわめきが起きた。
目の前の現実に押しつぶされかけていた彼らの心に、小さな火が灯ったようだった。
「一緒に……脱出する?」
誰かが小声でつぶやいた。
それは、閉ざされた空間にいる人々の心を、徐々に奮い立たせる合図のようだった。
「そうだ、俺は諦めない。この牢獄も、この国も、打ち破ってやる!」
アストリアの言葉は、確かな力を持って響いた。
その瞬間、誰かの表情にかすかな笑みが浮かび、別の誰かが深く頷いた。
しかし、その一瞬の静かな高揚は、金属音を響かせながら牢屋に近づいてくる足音によって断ち切られた。
牢の扉の前に立ったのは、鋭い牙をむき出しにした魔獣の看守だった。
「ハウロン。」
低く響くその声に、人々の視線が一斉にリーダーであるハウロンに向けられた。
「ゾクナス様がお呼びだ。」
ハウロンは立ち上がり、しっかりとした足取りで看守の前に歩み出た。
その姿は、これから何が起こるかを覚悟しているようだった。
「……大丈夫ですか?」
アストリアが声をかけると、ハウロンは振り返り、微笑みながら短く答えた。
「心配するな。」
その言葉に、牢の中の人々は不安げな表情を浮かべたが、誰もそれ以上何も言えなかった。
看守は粗暴にハウロンの腕を掴み、引きずるようにして牢獄の外へと連れ出した。
鉄の扉が再び重い音を立てて閉じられる。
残された人々の間に、重苦しい沈黙が広がった。
「……ハウロンさん、大丈夫だろうか?」
誰かが不安げに呟く。
その瞳は、不安の色で溢れていた。
──────────────────
巨大な玉座の間に、ハウロンが連行される。
彼の体は縄で縛られ、血と汚れに覆われているが、その瞳は未だ鋭い光を放っていた。
ゾクナスは玉座に腰掛け、冷笑を浮かべながら彼を見下ろしている。
「ほう、これが人間に媚びた穏健派のリーダーか。」
ゾクナスは立ち上がり、ゆっくりとハウロンに近づく。
その歩みは威圧的で、部屋全体に緊張が走る。
「ミノタウロス族の面汚しが。」
ゾクナスは言い捨てると、軽蔑の色を隠さずにハウロンの顔に唾を吐きかけた。
唾液が彼の頬を汚すが、ハウロンは動じずにその場に立ち尽くす。
「こうまでして人間と仲良くなりたいのか?くだらん理想だ。」
ゾクナスの言葉には嘲笑と怒りが入り混じっている。
その背後では、彼の配下の魔獣たちが嘲るような笑い声をあげていた。
ハウロンは、唇をきつく結び、ゾクナスを真っ直ぐに見据える。
その瞳には恐れも屈服もなく、むしろ決意の色が濃い。
「・・・仲良くなりたいだと?違うな。俺は、平和を作りたいだけだ。」
ハウロンの声は低く静かだったが、その言葉はまるで鋭利な刃のように響き、ゾクナスの顔に一瞬の変化をもたらした。
「平和だと?」
ゾクナスは低く笑い始め、すぐにその笑いは冷たい怒声へと変わる。
「そんなもの、この俺が力で捻じ伏せる!お前のような軟弱者が望む平和など、足元にも及ばん!」
ゾクナスはハウロンの前で大剣を構え、一瞬のうちに彼の目の前へと迫る。
しかし、その刃が振り下ろされる寸前、彼は剣を止めた。
そしてニヤリと笑い、ハウロンの耳元で低く囁く。
「だが、すぐには殺さん。お前には俺の帝国が何たるものか、その目で見せつけてやる。」
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