第16話: ノルヴイアの王子、ルドルフとの交渉
宿屋のマチルダの荷物が置いてあった場所には、一通の手紙があった。
『私は、ある国との交渉に成功しました。必ず"奇跡の涙"を手に入れて戻ってきます。それまで少しの間"喜の魂"を借ります。 マチルダより』
目の前の事実に、アストリアの頭の中は真っ白になった。
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アストリアの出身国、エリトール王国と敵対しているノルヴィア王国にルドルフという名の王子がいる。
由緒正しい家柄の生まれながら幼少期に両親を失ったマチルダはノルヴィア王家に引き取られ、ルドルフとは半ば幼馴染のように育った。
ルドルフがマチルダに好意を抱いていることもあり、マチルダはルドルフの婚約者として周囲から見なされていたが、ルドルフが冷淡な性格であることに嫌気を刺し、彼女はノルヴィア王国を飛び出した。
そして、アストリア達と出会い、現在に至る。
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時は、まだ"喜の魂"がアストリアの手元にあった頃に遡る。
マチルダは一度村に戻るまでの数日間、ノルヴィア王国に帰っていた。
それというのも、以前ルドルフが"奇跡の涙"について彼女に話したことがあるのを思い出したからだ。
マチルダがノルヴィア王国の宮殿に足を踏み入れたのは、数日間の帰郷を決めた瞬間だった。
宮殿内の冷たい空気は、かつての記憶を呼び起こし、彼女の胸を締め付ける。
ルドルフ王子との日々、そして彼から逃げるようにこの国を離れたことが、今更になって心に浮かぶ。
その夜、彼女はルドルフと再び顔を合わせることになった。
王宮の一室で、静かな会話が交わされる。
「戻ったのか、マチルダ。」
ルドルフはいつもの冷徹な表情で彼女を迎えた。
「はい、用事があって。あなた、以前"奇跡の涙"について話してたことがあるでしょ?『私は、その在り処を知っている』とか、何とか。それについて詳しく聞かせて欲しいの。」
マチルダは動揺を悟られまい、と必死に取り繕いながら答える。
「私が、どれだけ君のことを心配していたか、君には想像もつかないであろう。」
彼は手元の杯を傾け、静かに言葉を続けた。
「風の噂によると、君は何か世にも珍しい物を集めているようだな。」
ルドルフの目には、何かを探るような冷たい光が宿っていた。
「き、"喜の魂"のこと?」
マチルダは思わず口走ってしまった自分を急いで静止するかのように口を手で塞いだ。
「そう。その"喜の魂"のことを、もう一度詳しく教えてくれ。」
マチルダは仕方なく事情を説明した。
「お前が言う...その...イザベル姫の魂…その"喜の魂"が何物か知りたくてたまらん。私は、この世の全てを手に入れたつもりだ。しかし、そのような物の存在を聞くのは初めてだ。」
ルドルフは顔に少しだけ笑みを浮かばせながら話を続ける。
「ここは一つ、交換条件といこうじゃないか。"奇跡の涙"は伝説上でしか語り継がれていない程貴重な宝石で、この広い世界でも、在り処を知る者は誰もいないと言われている。このノルヴィア王家をおいて他にはな。」
マチルダは鋭く返す。
「じゃあ、"喜の魂"を渡せば、その在り処を教えてくれるのね?」
「誰が条件は一つだけと言った?」
ルドルフは嘲笑うように言った。
「"喜の魂"は勿論だが、条件はもう一つ。君は再び私のものになるのだ。"奇跡の涙"がどれほど貴重かを考えると、頭の良い君ならすぐに理解出来ると思うんだが。」
その言葉に、マチルダは静かに目を閉じた。そして、小さな声で答えた。
「……わかった。あなたの条件を受け入れる。」
だが、その胸には、ルドルフを欺き、"奇跡の涙"そして、"喜の魂"を仲間のもとに持ち帰る覚悟があった。
「あなたの言う通りにする。でも、絶対に裏切らないで。それに、仲間にも危害を加えないで。」
ルドルフの瞳がわずかに鋭くなり、冷たく微笑んだ。
「当然だ、マチルダ。こちらとしても、交換条件さえ守ってもらえれば、それ以外は何もしないつもりだ。」
──交渉成立。
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城下町を抜けると、道は徐々に森へと続いている。
マチルダは目を閉じる。
(セラフィスの瞳が、次に私を見る時、どんな感情が浮かぶだろう.....。)
それを思うと、胸が裂けるようだった。
それでも、彼女は、自分が背負わなければならない使命だと信じて、心を閉ざした。
彼女は、闇夜、不安の追い風が襲う中、ただ一つの希望にすがりつくような気持ちで、村へ向けて足を進めるのだった。
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