第37話 モワモワの中の接近遭遇
夜。
風呂から上がり、ネグリジェに着替えたエリスレルアはベランダへ出た。
身体がホカホカしていたので、夜風に当たりたくなったのだ。
空には星が煌めいていて、ルイエルト星がなくても見ていて楽しくなってくる。
「おーい、あまり長く外に出ていると湯冷めしちゃうぞ。
日中はいくら暖かくても、夜はまだまだ温度が低い季節のようだからな」
「平気平気~。冷めたらまたお風呂に入るもん!」
「……ここは温泉宿じゃないぞ」
「レステラルスさんは、いつでも入っていいって言ってたよ?」
苦笑するレミアシウス。
「確かにここの風呂って、源泉かけ流しで24時間入れるけどさ。
ほかの人たちだって入るんだから、長湯して迷惑をかけるなよ。
お前のためだけの風呂じゃないんだからな」
「うん! 100数えたら出るよ!」
(不安だ)
とは思ったが、ずっと伝えられなかったことをリュアティスと話せてホッとしているレミアシウスは、夜明け前のおやつ作りのことを考えて、さっさと寝ることにした。目が覚めたエリスレルアがすぐに食べられるように、作り置きをしておくためだ。
屋敷の人たちにはちゃんと許可をもらっている。
(あの島での食生活に比べたら、ここは天国だ)
レミアシウスが部屋に付いている寝室に向かうと、エリスレルアは再び夜空を見上げた。
明日、何して遊ぼうかな~。
勝手にあっちこっち行っちゃダメって、おにいさまが何度も言ってたから、遊べる範囲って限られてるし、リルちゃんは明日はお手伝いするって言ってたしー。
私なんて、手伝うと物が壊れるだけだって、禁止されてるのに。
うーん
勝手じゃなくて、リュアティスさんと森を散歩、とかだといいかな?
想像してみる。
レ「わぁ、きれいなお花!」 リ「そうだね」
リ「この木の実はおいしいよ」 レ「ほんとだ!」
レ「あ! リスがいる!」 リ「かわいいなー」
悪くないかも!
明日、提案してみよう!
いいことを思いついたなとニコニコ笑っていたエリスレルアは、ふと、昼間にレミアシウスが言っていたことを思い出した。
『話したかったら言葉を覚えろ』
んー? それも悪くないかもー。
おにいさまが忙しそうな時とかにー、こっそり覚えて、びっくりさせるとか!
誰に教わろうかな~……と……
「…クシュン!」
冷えてきたのかな?
お風呂に入って、あったまって寝よっと!
部屋の中に戻ったエリスレルアは、ベランダへの扉を閉めて着ていたものを全て脱ぎ、風呂場にテレポートした。
広い湯船の最奥の場所、あふれているお湯の30センチくらい上に出現した彼女は、辺りが湯気で真っ白な中、お風呂の中に降りた。
パッシャン!
「あったかーーい!」
「☆※!?」
ん?
「あれ?」
湯気でよく見えないけど、向こうの端に誰かいる。
この気配は。
『リュアティスさん?』
バシャバシャ音がする。
何か慌ててるのかな?
『どうしたの?』
『……ど、どうもしていません…が……そちらこそ、どうされたのですか?』
『ベランダで星を見ていたら、寒くなったから、お風呂に浸かりに来たの。
あったかいね~』
『そ………そうですか』
何か様子が変だ。
いつもはリュアティスが話しかけてくるテレパシーしか聞かないエリスレルアだが、慌てふためいて動揺している彼の心の『声』が大きくて、聞こうとしなくても聞こえてきた。
《《ななななんで、なんで、彼女がここにーー!?
入ったばかりだけど、もう出よう!》》
あー!
『待って!』
迷惑かけちゃダメだっておにいさまに言われてるのにー!
大慌てでバシャバシャと両手で水面を叩くエリスレルア。
『出なくていいよー! おにいさまに怒られる!
迷惑かけてごめんね!
100数えたらお部屋に戻るから、ちょっとだけ待ってて!』
『………はい』
それからエリスレルアは100まで数えて立ち上がった。
湯気が邪魔だな。
軽く念じると、モワモワと風呂場に充満していた湯気がさ~っと消えていった。
『じゃ、またねー』
湯船の縁から半分身体を乗り出したような体勢のまま彼女のほうを見て固まっているリュアティスに手を振り、エリスレルアは部屋へテレポートした。
あ~~、せっかくリュアティスさんに会ったのに、明日のこと言うの忘れたー。
ネグリジェを着て寝室に向かう。
まあいいか、明日言えば!
☆
☆
☆
(遅過ぎる)
レステラルスとの話が終わったあと風呂に行ったリュアティスを、ネスアロフは浴室の外の廊下で待っていた。
夜も遅いので侍女たちはおらず、リュアティスひとりで風呂に入ったので、何かあった時に対処できるよう備えていたのだ。
普段ならとっくに上がっている頃なのに彼がなかなか出てこないため、ネスアロフは心配になってきた。
更衣場所まで行き、カーテン越しに声をかける。
「殿下、そろそろお上がりにならないと、お身体に毒です」
だが、返事がない。
「殿下?」
再び声をかけて少し待ってみたが、動く気配すら感じられない。
「失礼いたします!」
カーテンの向こうに行ってみると、リュアティスはまだ風呂に浸かっていた。
「リュアティス様!」
見ると、真っ赤な顔をして汗をかき、焦点が定まらないようにボーっとしている。
「殿下! お気を確かに!!」
慌てながらも更衣場からタオルとバスタオルを数枚ずつ取ってきて何枚か敷き、そっと湯船から引っ張り出したリュアティスをそこへ横たえる。
バスタオルを1枚身体にかけ、濡らして絞ったタオルで汗を拭いていると、リュアティスが口を開いた。
「……あぁ……ネスアロフか……」
「お水をお持ちいたしましょうか?」
「うん」
固く絞ったタオルをリュアティスの額に乗せ、ネスアロフは水を取りに行った。
寝転がったまま天井を眺めているリュアティスの頭の中は、さっき見た光景がグルグルと回っていた。
―――12歳には………見えなかったな。
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