第7話 ドラゴンなんかじゃない
リュアティスは、深い暗闇の底から自分の意識が徐々に浮上してくるのを感じていた。
何故こんなに暗いのだろうと考えて、いつもは自然と使えている魔力感知が全く働いていないことに気づいた。
―――なんだか左腕が温かいな。
身体が重くて瞼も開けられないが、話し声は聞こえる。
「殿下は重度の魔力欠乏症を引き起こしておられるようです。
回復薬をお与えしてもすぐに枯渇してしまわれるという状態が、既に半時以上も続いています」
この声は、ロルトアン先生。ということは、ここは学園の医務室か。
って、欠乏症?
「欠乏症だと? それで意識が戻らないのか」
レイテリアス兄上?
「彼の証言によれば、殿下は召喚魔法をお使いになられただけのようでございますが、これほど重度の症例はほとんどなく、こちらの、左腕にお付けになっている腕輪から魔力回復薬をお与えし続けることしか今のところ手立てがございません」
ああ、それで左腕が温かいのか、とリュアティスが納得した時、ドアが開いて誰か入ってくる音がした。
「リュアティスが倒れたって!?」
カルファレス兄上の声だ。
「召喚魔法を使って魔力欠乏症になったらしいよ」
「はぁ?
お前と同じくらい魔力が豊富なリュアティスが召喚魔法で欠乏症って、ドラゴンでも召喚したのか?」
「いえ、それが、リュアティス様は途中で詠唱を破棄なさいまして、召喚に成功されているとは思えないのです。
実際、あの場所には何も来ませんでしたし」
「「えぇっ??」」
カルファレスのドラゴン発言に、リュアティスは扉の向こうに見えた二人を思い出した。
ドラゴンなんかじゃなく、かわいい女の子だった。
身長も年齢もレイテリアス兄上と同じくらいに見えた彼と、その彼の肩くらいの高さの彼女。
僕は彼らのちょうど間くらいかな?
あのあと聞こえた声、たぶんあの子の声だよな。
『レミアシウスおにいさま』って、一緒にいた彼のことだろうか?
「魔力って全力で使った時に欠乏するものだろ。
剣に魔力を付与し続けていると戦闘中にすっからかんになる者はいるが……
レイテリアス、魔法だと詠唱を破棄しても減っていくのか?」
「詠唱の破棄は、戦闘中に魔力付与をやめるのと同じだよ。破棄した時点で体内の魔力がそれ以上減ることはない。
けど、リュアティスの場合は今も減少し続けているらしくてさ。
そんな症状、聞いたことないよ」
召喚魔法の詠唱は破棄した。
異世界へ通じる扉のイメージは、ゆっくりとだけど閉じていっていた。
あの状況で二人も召喚って……不可能っていうか、ありえない。
しかも、扉は虹色に光って壊れた。
「魔力付与をやめているのに魔力が減り続けている、か。
まるで、切られているのに傷口を塞がず血が流れ続けているみたいじゃないか」
「一つ気になることがございます」
「気になること?」
あの、虹色の光と壊れた扉。
あの光……あの時聞こえたあの子の声も虹色に光ってた。
声が光るって、意味わかんないけど。
―――もしかして彼らがこっちの世界に来たのは、あの子の力?
「あの時、リュアティス様は意識を失われる直前に『探しに行かないと』とおっしゃられたのです」
「なんだと!」
「それは本当か、ネスアロフ!」
「お二人とも、お静かに。ここは病室ですぞ」
「あ…」
「すまない」
ああ、そうだった。
どうやって来たかは問題じゃない。
彼らがこっちへ来たのは、僕が召喚しようとしたからなのだから。
早く探し出して送り返さないと……殺人罪。
けど身体が……回復薬のおかげか、だいぶマシになったけど、まだ動かない。
その時、右手が誰かに持ち上げられた。
「―――!」
!!
そこからすごい勢いで体内に魔力が流れ込んでくる。
1%ほどになっていた魔力量が一気に3割近くまで回復し、リュアティスはゆっくりと目を開けた。
「「リュアティス!」」
「……レイテリアス兄上……身長、いくつでしたっけ?」
リュアティスの右手を握っていたのは第2王妃の子でこの国の第4王子、レイテリアス・ルコルタスであった。
「ん?
175だが…(寝ぼけてるのか? こいつ)」
そして、左手側にいるのが第3王妃の子で第3王子であるカルファレス・ミルテラスタ、二人ともクレファイス学園の学生で今年17歳になる。
「俺はこの前180になったぞ、リュアティス!」
「……兄上には聞いていません」
カルファレスの隣にネスアロフ、その後ろに優しく微笑んでいる医術師ロルトアンがいた。
「リュアティス、気分はどうだ?
何か食べたいものはあるか?」
「お腹は空いていません。カルファレス兄上」
「お前、ふざけるなよ、リュアティス。
僕の魔力を半分も送ってやったのに、3割くらいしか回復してないだろ。
せめて4割くらいまで回復してくれないと、僕の立場がないじゃないか」
「ありがとうございます、レイテリアス兄上。
ですが、半分くださったというのは嘘ですよね?」
おそらく、多くても2割程度だろう。
日頃兄から感じている魔力量からすればさっき自分に与えられたのはそれくらいの量だったとリュアティスには思えたのだ。
「いや、嘘ではない。というか、結果的に嘘になったというか。
本気で半分くらいやろうと思っていたんだ。
でも、よくわからないんだが、与えてもどこかに流れていってしまっているような感覚があって、4割くらい送った時点でやめた」
4割も嘘だろう、と思ったが、分けてもらえたおかげで動けるようになったのだから感謝しておくことにする。
(こいつ、本気で嘘だと思ってるな。ホントなのに)
まあそれはいいや、とレイテリアスは話を進めることにした。
「わかってるよな、リュアティス」
口元に笑みをたたえていながら一切のごまかしを許さないような強い光を宿している濃紺の瞳。
その瞳の力に負けてなるものかと、リュアティスは笑みを返した。
「ええ、場所を変えましょう。
僕の部屋にいたしますか? それとも兄上の?」
聞きながらベッドから降り、プラウスシャツを着ようとしたリュアティスが、腕輪を付けたままで袖が通るだろうかと思った瞬間、カルファレスが剣をチンと鳴らし、左袖が床に落ちた。
「兄上、大変ありがたいのですが、剣技の無駄遣いですよ」
「レイテリアスばかりにいい恰好はさせられないからな」
何を張り合っているんだか。
第2王妃と第3王妃の息子でありながら、同学年のこの二人はとても仲がいい。第2王妃が第2王子のことばかり気にかけているためだ。
リュアティスと同じく第1王妃の子である第1王子とこの二人が防波堤になってくれているため、リュアティスはのんびりと暮らすことができていた。
「場所はリュアティスの部屋でいいだろ。
な、レイテリアス」
その時、すごい勢いでドアが開いて一人の少女が駆け込んできた。
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