第2話 やりようはあった
蒼井優作、至って普通の男子高校生だ。特に何かができるとか、顔が良い、筋肉質、運動神経が良いとかではなく本当に一般的な男子生徒、僕が彼に抱いた最初の印象がそれだった。
無造作に見えるようなボサボサの髪、若干のタレ目、平均的な身長……誰もが振り返ってしまうようなイケメンというわけではない。
もちろん僕よりかはかっこいいだろうし、顔自体は整っている部類ではあるだろう。ただそれが、彼女が彼を好きになった理由にはなりえないだろうとは思った。
「……はぁ」
本日三回目のため息を吐いてみる。もはや三回目になると意味はなくなっているもののなんだか自分にはこれがあっているのか、意外と好きな行為であるのは確かだった。現在長針は十二時を指し短針は六を指している、そう、昼時だ。
いそいそと色褪せた緑の風呂敷を開けながらも横目に僕は彼女を視界の隅にいれていた。彼女は彼女で時々後ろを見ている。その視線の先にはもちろん友達と喋る蒼井の姿が。
「……はぁ」
本日四回目の記録を更新した後、曲げわっぱの蓋を開け自分の弁当を見つめる。
今更になって想い人が自分ではなかったこと、その意味がのしかかる。なぜ自分はあのときOKしてしまったのか、そもそもなぜ僕は期待していたのか、そんな今更考えても意味のないことを考え続ける今日このごろ。
「ただいま」
財布をポケットに入れ購買部に行っていた林くんが帰って来る。曲げわっぱの隣に熱気のこもった焼きそばパンを置くと渚の方を一度見てから向き直った。どうやらチンしてもらったようだ。袋の端まで暑いのか慎重に袋を切っていく。
「何かあったの?」
ポツリと林が言った。
慌てて喉に詰まった卵焼きを水筒の水で押し流す。弁当の中身は意外と保温されていて、熱い。喉元を熱いものが通り過ぎたと同時にかるく咳き込んだ。
「な、何が……?」
「あれ?適当に行っただけなんだけど本当に何かあるんだ」
「いや、えっと、その……」
「まぁ別にいいよ、無理やり聞くほど興味はないし」
ハンカチで焼きそばパンの袋を持ちながらゆっくりと口に運ぶ。一口噛るもすぐさまペットボトルの水で流し込む。どうやら猫舌らしい。
はて、僕は一体どうしたものか。正直、渚との関係を話すことはしたくない。彼女に迷惑がかかりすぎてしまう。なんとかしてでも蒼井に近づく、それが大事だ。少しでも彼女のために行動すれば僕に好意を向けてくれるかもしれないし。
「……蒼井」
「蒼井?あそこにいる?」
「そう、少し興味があって観察していたんだ」
「へ〜それはまた何で?」
「それは内緒で……」
少し意外そうな顔をすると、林くんは俺に任せろと言わんばかりに席をたち、蒼井の下へと向かっていく。
一言二言、会話をしたのが見えたと同時に小走りでこちらへ戻って来る。
「アポ取ってきた、今日の放課後一緒に帰ってこいよ。家は確か駅のほうだろ?」
待て待て別にそこまでしなくても良い、なんて言えるはずもなく。苦々しい顔をするだけで精一杯だった。
渚に後でメールを送らないと、今日は一緒に帰れないと。スマホに唯一付けた犬のストラップが僕の顔を覗いていた。
※
「あの、一体何でこんなことになったんでしょうか……?」
そんなのこっちが知りたい、その喉元まででかかった言葉がまた戻っていくのを感じた。時刻はだいたい五時頃だろうか、あたりは薄暗く塾帰りであろう小学生くらいの子どもと部活帰りの高校生が歩いているのが見える。
「いや、あの、その……」
今まで話したことない、陰の気を漂わせた
しかし、それは僕も同じだ。林くんのおせっかいで何故か帰らされている。こういうのもなんだが、蒼井とコンタクトを取りたいとは言ったがこんなすぐやってほしかったわけではない。いや、どう考えても僕の言い方が悪かったのは理解している。だとしても、人とすぐに喋れる人種ではないことは林くんに理解してほしかった。
「というか、何で二人同士で……」
そう、よりによって林くん自体はついてこないのである。できれば話しかけた本人が来てほしいところではあるがどうやら用事があるらしい、致し方ない。
少し大きめに買ったローファの音が静かな沈黙の中流れる。一体、どう説明すればいい。自分の好きな人があなたのことを好きで……そんな話の切り出し方聞いたことない。それに言われた側も困惑するのみだろう。
ということで芝居を打ってみることにした。
「……僕には友達があまりいません」
「どういう経緯か知らないけどもしかして、友だちになってほしいってこと?」
あまりの察しの良さ、これは一芝居打つまもなく気づかれているのではないか?自分を思っている人がいると。
「……そうです」
「いやいや、もっとやりかたあるでしょ……」
もっともなことだ。僕自体も何故こんな変な話の切り出し方をしたのかわからない。
「まぁ、別にいいよ。悪い雰囲気はしないし」
正直に言うと、断られると思っていた。普通に考えて、他人に自分を連れてこさせたあげく二人きりで無理やり帰らされ友だちになってほしいといってくるやつなんて頭がおかしいに決まってる。
「……ありがとうございます」
それでもそんなやつを信用して、友だちになってくれる彼の懐の大きさは彼女が惚れた理由の一つでもあるのだと、そう感じた。
「あ、LIME交換する?」
「お願いします」
昨日と変わらないはずの夕方にはどこか温かな風が吹いていた。
次の更新予定
2024年12月27日 16:00
恋する乙女は可愛いものだ 味海 @ajinoriumai
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