恋する乙女は可愛いものだ
味海
第1話
もしも、もしもの話だが自分に美人の幼馴染がいて、それでいてその幼馴染の家が近く幼い頃から自分の家に入り浸られていたとしよう。もしこの話が創作であるのであれば、ほとんどのお話ではその幼馴染と結ばれ、何なら主人公を取り合う別の美少女が現れてより一層騒がしい毎日へとなるのであろう。
しかし、しかしだあくまでその話は創作物であることが条件なのである。ということはたとえ、自分に前提した条件のような幼馴染がいたとしてもそれは創作物ではないことから結ばれることもないのだと僕は思う。
ただし、それが淡い期待だとしてもそれにすがってしまうのが人間の性と言えよう。
※※※
クラスメイト、と一口に言ってもいろいろなクラスメイトがいる。
例えば、昔から仲の良い親友、よく会話をする友達、対して会話はしないが同じクラスというだけの人などなど……そしてもしその区分の中に僕が入るとするなら必ず皆ただ同じクラスの人、という意味合いでクラスメイト、と紹介するだろう。
しかし、そんな自分にも仲の良いクラスメイトがいるのだ。この場合の意味としては、昔から仲の良い親友、いや、幼馴染という括りに入るのだが。
「おっはよーございまーす!」
教室中はおろか、学校中に響きそうなほどのハツラツとした声がそんな考えごとをしている自分の耳を貫いた。そこにいたのは毎日のように一人で妄想にふける僕とは、真逆に位置する怪物。いや、女子であった。
彼女の名は
「おはよー渚ぁ」
「渚ー昨日のドラマ見た〜?」
そしてその容姿ゆえ、友達が多い陽キャでもある。一瞬で彼女の周りには人だかりができ、徐々に列となっていく、もはやこれが朝の恒例行事のようにもなってきたのか、最近では誰も何も言わなくなってきた。
「おはよ春馬」
「オハヨゴザイマスハヤシクン」
「相変わらずだね……」
クラスメイト第一号、僕に初めて話しかけてきてくれた林君。きっかけ自体は正直席が近かったとかそんなもんだけどなんだかんだ毎日話しかけてくれる、こんな独り言うるさい変なやつにも絡んでくれるいい人だ。
学年が上がってからもう数ヶ月経とうというのに、遊びに行ったりしないし、学校でのみ関わるだけだからそこまで親密なわけではないけれど……
「最近はやけに浅霧さんの周りに集まるね」
「まぁみんな色々あるんだよ」
「とはいえねぇ……」
なんとも言えないような微妙な表情をする彼を尻目にまた僕は彼女へと視線を戻した。
どこからどう見ても全く関係のないであろう僕と彼女が、幼馴染だと聞いたらみんなはどう思うのだろうか、そんなことを考えながら。
※
日が沈みかけた午後三時、昔の人はとても卓越したものを持っているんだなぁと改めて感じた、秋は夕暮れ、まさしくそのとおりだと思う。
授業が終わってから大体十分くらい経った頃、僕はいつも通り、のんびりとではなく、すこし急ぐかのように歩いていた。
「じゃあね春馬、また明日ー」
「あ、ハイ、さようなら……」
その流れのまま下駄箱へと足を進める。妙な胸騒ぎと、音を鳴らす風の冷たさからはもうそろそろ来る冬の訪れを感じさせた。
学校から歩いて徒歩十分、設備が古すぎてもはや誰も遊ばないような閑散とした公園に
「あ!春馬〜!!」
先に声をかけてきたのは向こうの方だった、毎度いつものことではあるが。……まぁでも手を振りながらの全力疾走はやめたほうがいいと思う。そんなことしてたら周りから勘違いされてしまう。いや、釣り合わないし流石にないか。
「朝と同じく元気だね、渚」
「そりゃ、幼馴染と話せるんだもん、嬉しくないわけないよねー!!」
「なんだそりゃ」
太陽のような、そう形容するのが正しいのだろう笑顔を向けてハイテンション気味に喋りだす。彼女のマシンガントークにも昔は悩まされたものだが、今ではそれに安堵する自分がいる。しかし今日彼女に話しかけるのはいつもと同じように下校するためだけではない。
「……で、一体なんの話をするんだって?」
正直その時まで僕はちゃんと話を聞いていなかったように思う。初めて見る、彼女の紅潮した頬、無駄に短いスカートからは冷たそうな足が、その反面赤いマフラーをイジイジとする仕草は女子本来の性格のようなものを感じる、そのどれもこれもが美しかった。
だからこそ僕はこの言葉を聞いてより一層話が入ってこなくなったんだ。
「……ってことがあってさ、私同じクラスの蒼井くんのことが好きになったんだ」
思わず持っていたスクールバッグを落としかける。一体誰が、誰を?いやそんなことはわかっている。
「信用できる男子は春馬しかいないの!お願い!」
駄目だ、駄目なんだ、もし引き受けてしまえば彼女が幸せになるところを、僕と笑っていた彼女が別の男と笑っている彼女に変わってしまうところを見てしまう。断るんだ、断るんだ。情けなくてもいい、この思いは大事にしたいんだ。
「……わかった、引き受けるよ」
僕が彼女に惚れた弱みはこれもあるのだろう。頼まれたときのあまりの弱さに辟易する。さて、一体ここからどうなるのだろうか、僕はいったいどうしてこの思いを伝えようか。
落ちる夕日とともに僕は彼女へと溺れていく。
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