第42話 やましいことなんてない

 このタイミングでの日和さんからの通話、なんかタイミングが良すぎる。


「もしもし、鳥羽ですけど……」

『雲原です。いきなりの電話すいません』

「いやいや、別に暇だったから大丈夫だよ」

『……暇、ですか。はあ』


 スピーカー越しでも分かる日和さんのため息。

 何だか分からないが、呆れられているのがこっちにも伝わってくる。


『鳥羽さん……やっぱり嘘ついてましたよね?』

「な、なんのこと……?」

『赤肉さんの家に泊まれるようになったのって嘘ですよね?』


 語気強めな日和さんの指摘。

 どうやら少し怒っているみたいだ。

 だけど、俺はアリバイを完璧に用意してきた。日和さんに追及されても、バレることはない。


「嘘じゃないよ。そんなに言うなら丸雄本人に確認してみて欲しい」

『もう確認しました。そしたら、話を合わせているだけだと言ってましたよ』

「……あいつ! 口裏合わせてくれるって言ってたのに」


 丸雄の奴は、いとも簡単に裏切っていた。

 あの野郎! 次会ったら、奴のキモい発言集を作ると脅してやる。

 憤る俺に対して、スマホの向こう側では日和さんの吐息が聞こえてきた。どうやら、声を殺して笑っているようだ。


『フ、フフッ……ご、ごめんなさい、嘘です。赤肉さんはちゃんと『家に泊める』って言ってましたよ』

「え……そうなんだ。って、あ!」

『カマかけました。何となく嘘をついていたのは分かっていたので』


 丸雄はちゃんと約束を守っていた。

 寧ろ、彼を信じずに日和さんの嘘を信じてしまった俺が愚かだった。

 得意げな笑みを浮かべている日和さんの様子がありありと想像できる。


『それで、今日、鳥羽さんはどうするんですか?』

「家で大人しくして過ごすよ」

『でも、家で過ごしていたら、ゴミとかで家にいたことがバレると思いますよ』

「それは……そうなんだけど」


 日和さんの懸念は俺も考えていたことだ。

 だから、飲食したゴミはどこかに捨てて来なくてはならないし、家を空けておいた感を演出しなくてはいけない。


『ということで、やっぱり私の家に来ましょう。その方が安全です』

「やっぱり、それは良くないって……」

『何で良くないんですか?』

「俺たちだって年頃の男女だからだよ……」


 日和さんはスマホの画面から顔を離したのか、何も聞こえなくなった。

 そして、一度深呼吸するための吐息が微かに聞こえた。


『年頃の男女だと何が良くないんですか?』

「…………」


 日和さんはこれをどういう気持ちで言っているんだろう。

 言うまでに間があったことから、純粋を気取って言っているわけでもないと思う。

 

 確かに日和さんが言う通り、何が良くないのか、具体的に説明はできない。

 具体的に説明できないというか、説明すれば墓穴を掘るというか……。


「……じゃあ、分かった。今日は日和さんの家にお邪魔するよ」

『え、ほ、本当に来るんですか……?』


 さっきまでとは打って変わって、驚いている日和さん。

 誘いを受けたことに日和さんは動揺しているようだ。

 何だかんだ、俺が話を受けないと思っていたのかもしれない。


「……夜になったら帰るよ」

『い、いえ! 大丈夫です! 布団はあるので、泊っていってください』


 日和さんの声量が大きくなる。

 それだけ、テンションが上がっているのだろう。


「それでも――」

『な、何も問題ないです』


 日和さんは俺の言葉を遮って、話を続ける。


『ただ泊まるだけなのに、や、や、やましいことなんてないはずです。だ、だから、待ってますね!』


 そう言い残して、彼女は電話を切った。

 やましいこととか言わないで欲しい。そういうこと言われると意識してしまうから。もう既に意識してると言えば、それは否定できないけど……。


 こうなってしまった以上、日和さんの家に行かないわけにはいかない。

 夜になったら帰れば良い。そうすれば、特に問題なんて起こらない……はずだ。


☆ ☆ ☆


 電車に乗って日和さんの家へ。

 雲原家に行くのは、数週間ぶり。彼女らの家族問題に首を突っ込んだきりだ。


 インターホンの前で緊張しつつも、意を決してボタンを押す。


「と、鳥羽です」

『ま、待ってました! 今、開けますね』


 確かにインターホンの質の悪いマイクから聞こえた声。

 向こう側からカチャカチャとチェーンを解除する音と、鍵を開ける音が聞こえる。


「よ、ようこそ! 私の家に来てくれるのはお久しぶりですね」


 そうして、俺を出迎えてくれる日和さんはエプロン姿だった。

 白っぽい下地に黒い猫が描かれているもの。髪を後ろで結んでいて、普段だったら絶対に見ることはないだろう。

 エプロン姿の女子に出迎えられるなんて、まるで夫婦みたいだと思ってしまう。

 そんな光景に俺は思わず呟いてしまう。


「かわいい……」

「か、かわっ!?」


 まさか、エプロン姿に「かわいい」と言われると思っていなかったのだろう。

 日和さんは俺の言葉を受けて、頬を染めていた。


 俺の方もエプロン姿に加えて、照れた表情が襲ってきて心臓に負荷がかかる。

 でも、ここは玄関だし、立ち止まってもいられない。

 

「お、おじゃまします」


 靴を脱ぎ、揃えて家の中へと入っていく。

 前に来た時と違って随分キレイになっていた。服が沢山放られているイメージだったが、もう床に荷物は置いてなかった。


 正直に親と話せるようになった日和さんが、春子さんに何度も指摘したのだろうか。その成果が十分に出ている。


 それにしても、日和さんの家で二人っきりと言う状況。

 俺の家で二人っきりとは何となく違う、独特の緊張がある。


 そんなことを感じていると、日和さんから声をかけられる。


「鳥羽さん……夕飯は何が良いですか?」


 


 

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2025年1月11日 12:12

親の再婚のためにクラスの美少女と色々と企んでたけど、俺たちの方が早く結婚しそうな件 綿紙チル @menki-tiru

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