第41話 私の家に泊まるのはどうですか?

「普通に勧めるだけじゃダメなんですか?」

「絶対に拒否される。『彰を置いて旅行には行けないよ』って言うと思う」

「同じ一人親でも、子どもへの向き合い方がお母さんとは違いますよね。ほんとに」

「まあ、真面目だから……」


 春子さんは、娘である日和さんに信頼を寄せているのが分かる。

 日和さんは子どもなのに、親に注意をするくらいしっかりしてるし……。


 一方で、俺の父親はド真面目である。親としての責務に敏感だ。

 俺のことを信用していないわけではないと思うが、子どもを抜きにして自分だけが楽しんでくる状況を許せない。


「どうやったら、説得できると思います?」

「子どもを置いて楽しんでくる罪悪感を感じさせないようにするしかないかな……」

「罪悪感……ですか」


 それとは別に、俺を信頼して預けられる大人がいるとベストでもあるだろう。

 俺と日和さんが誰もいない教室で、首を傾げていた。


「例えばだけど、俺が誰かの友人の家に泊まるとか……」

「その手がありましたね……!」


 今出した例に日和さんは目を輝かし、立ち上がった。

 しかし、さっきまで悩んで唸っていたとは思えないほどの反応だった。

 何かを考えついたようだが、こちらとしてはあまりいい予感がしなかった。


「鳥羽さんが私の家に泊まりに来るんです! これなら修二さんも旅行に出向いてくれますよ」

「……駄目でしょ。父さんが許すわけがない」

「それってどっちの意味でですか?」

「俺が日和さんの家に泊まりに行く方」


 俺のその言葉を聞いて日和さんはがっかりしたようで、肩を落とした。

 そして、フラフラと俺から一つ離れた椅子に座った。


「…………どうしてか、理由を聞いても良いですか?」

「普通に年頃の男女として良くないから……だと思う」

「それはそうですけど……私だって鳥羽さん以外にこんなこと言いませんよ」


 日和さんは拗ねたように頬を膨らましていた。

 少し遠くの席に不貞寝するかのように横になり、俺のことを見上げている。


 そんな様子と「鳥羽さん以外に」という言葉が俺の胸を叩く。

 どうしても愛しく見えて、その誘いに乗りたくなってしまう。


「……俺に言ったってどうしようもないよ。それに、常識的に考えて俺と日和さんが二人っきりで夜を越すのは良くないと思うし」

「……常識的に考えたら確かにそうなんですけどね」


 悔しそうな顔をしているが、そこら辺は日和さんも分かっているらしい。

 最近の彼女は俺のためにキャラクターを作ってくれたりとか、嬉々として泊ることを提案してくれたりとか、好意が眩しすぎる。


 この前のデートでは『鳥羽さんのことが好きになり始めてます』と言っていたが、今の彼女はもっと強い感情を抱いているのかもしれない。


 なんて……自意識過剰だろうか。


「何とか泊まれそうな友人の家探してみるから、日和さんは待っててよ」

「…………はい」


 日和さんは未だ不服そうに俺をちょっと遠くの席から見上げていた。

 その突き刺すような寂しそうな目線に、どうしても心を揺らされる。

 だが、その要求を呑むわけにもいかない。我慢してください……。


☆ ☆ ☆

 

 そんな日和さんとの話し合いを経て、俺は泊めてくれそうな友人を探した。

 

「父さん、春子さんの出張先に行ってきなよ。絶対チャンスだから」

「でも、彰を一人残して行くのも……」


 父さんはマジに悪そうなトーンで話す。

 デート尾行した日もそうだったけど、自分が楽しむことで、俺に負担をかけることが相当嫌なのだろう。


「そう言うと思って、俺もその日は友だちの家に泊まりに行くことにしたよ」

「……用意周到だね。その友達の名前はなんて言うんだ?」

赤肉丸雄あかにくまるおって言う。俺のクラスメイト」


 俺は一応アイツのメッセージ履歴を見せる。

 普段から関わりのある友人だと、父さんにアピールするためだ。

 父さんはそれを見て、悩んだ素振りを見せた後。


「…………そこまでするなら分かったよ。春子さんと楽しんでくる」

「そうして! 俺も楽しんでくるかさ……」


 ……折れてくれた父さんには悪いが、泊るという話は嘘だ。

 確かに丸雄とは仲が良いが、泊めてくれなかった。口裏を合わせることには協力してくれるらしいから、泊りに行っていた体にはできる。


 中学校の頃の友人などには連絡する勇気がなく、かといって高校で関りがある人間関係もかなり小さいので頼れる相手がほぼいなかった。


 こうして父さんを騙すことに成功した。

 日和さんにも、心配をかけないために学校では「上手く泊めてくれることになった」と嘘をついた。


☆ ☆ ☆


 そのまま迎えた来週末。俺は父さんを見送っていた。


「彰、これ菓子折りだからちゃんとお友達のご両親に渡すんだぞ」

「分かってるよ。それじゃあ、ちゃんと楽しんで来てね」

「ああ。行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 菓子折りまで持たされたが、俺はこれを一人で食べなくてはいけない。

 ここまでされると、嘘をついたことにとんでもなく罪悪感を感じる。


 本当にごめん、父さん。


「さて、これからどうしようかな~」


 一人なので思わず呟いてしまう。

 本当にどうしようかな、とも思っている。

 家にいた痕跡は残せないから、下手にゴミも出せないし……。


 憂鬱さを覚悟していたが、そんな時に俺のスマホが音を鳴らした。


 画面に映る猫のアイコン……日和さんからだった。

  

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