第38話 二人の記念日
そうして親たちの喋れない理由を解明できた。解明できたのは良いが……。
「雲原さん……この後はどうする?」
「悩みどころですね……デートなので、ずかずかと介入したくはないです」
「分かるよ。もう一回電話もかけちゃったし……帰って新しい作戦を練るとかでも良いと思うけど」
父さんはデートに行く前、俺に夕飯代をくれた。
だから、この後二人が夕食を食べに行くのは想像がつく。その予定を捻じ曲げたくはないし、今から首を突っ込むのは難しい。
日和さんも「ずかずかと介入したくない」と言っていたし、その辺のことは分かっているはずだろう。しかし、日和さんは悔しそな顔つきをしていた。
「ぐぬぬ……もどかしいですね。ここで帰ってしまうのも……」
「一応、最初の目的は達成したけど……」
最初の目標とは、『親たちが本当に話せるようになったのかを確かめる』ということだ。そのために、尾行と盗聴をしていた。
とはいえ、折角ここまで尾行してきたのだ。何かできることをしたいという気持ちには共感できる。
一方の日和さんは、持っているカバンの中を探っていた。それからスマホを取り出して、何か画面を操作していた。
「……やっぱり」
小さく呟いた声が聞こえた。
「……実は今日って、ある記念日なんですよ。何の日か分かりますか?」
日和さんが唐突に問題を出してきた。
今日は学校から帰ってきてから、親たちの尾行を始めている。平日なのは間違いないと思う。
普通に考えれば、親たち二人の何かしらの記念日だ。
だけど、もう一つの可能性に気づいてしまった。どちらかと言えば、ボケに近い回答だろうけど。
「俺と日和さんが親に紹介されて一か月記念……だったりする?」
「…………せ、正解ではあります」
「ほ、本当にそうなんだ……」
まさか、的中するとは思ってなかった。
日和さんも当てられると思っていなかったのか、目を丸くした後にハッと我に返るような仕草を見せた。更に頬を赤く染めていた。
「ど、どうしてそれに気づいたんですか!?」
「そういえば、父さんに雲原親子を紹介されたのが、丁度そのくらい前だったかな~って」
あの日のことは今でも憶えている。
高そうなレストラン。その雰囲気に負けず劣らずなクラスの美少女、雲原日和さんがやってきたこと。付き合っているのに、全然話せない親たち。日和さんと結んだ協力。あの日を境にして、日常がちょっとだけ愉快なものになり始めた。
「……よ、よく気づきましたね。私もこの間気づいたばっかりだったのに」
「たまたまだよ」
頬を膨らませる日和さん。
言われたから気づいただけなのに、拗ねた言い方をしないで欲しい。
それから彼女は、コホンと咳払いして話を続けた。
「一旦、私たちのことは置いとくとして……今日は親たちが付き合い始めて、二か月の記念日でもあるんですよ」
「やっぱり、記念日だよね……ってことはつまり、俺たちが紹介されたのが付き合って丁度一か月目だったんだ」
「そういうことです」
父さんが子どもたちに紹介するなら早い方が良いと、春子さんを説得したのだろうと想像ができる。普通ならそんなに早く紹介されないと思うが、父さんは子どもたちに誠意を見せたかったのだと思う。
「でも、お母さんたちはあんまり気にしていなそうなので、そこを突いてみようかなって思うんですけど……例えばプレゼントとか」
「……互いにプレゼントを渡し合ったりするようにアドバイスをするってこと?」
「はい」
なるほどなあ。
確かに父さんが付き合った記念日を意識している様子は無かった。今日だって、たまたま早帰りだからということで、デートに行っているはずだ。
日和さんはスマホを取り出して、電話をかけ始めた。
展開早いなーと思ったが、自分が似たようなことをつい先ほどやっていた。
「あっ、お母さん。知ってる? 今日って修二さんと付き合い始めて二か月の記念日なんだよ。え、忘れてた? だったら今からでも、ちゃんとプレゼントとか渡さなくちゃ。それじゃあ」
日和さんはそれだけ会話を交わして、電話を切った。
その成果を確かめるために、俺は盗聴器に集中する。
『日和からの電話でした。何でも今日は出会って二か月目の記念日だからって……』
『なるほど。記念日……何か欲しいものってありますか?』
『え、ええっと……』
春子さんの方は躊躇いがあるようだが、父さんから距離を詰めていった。
これなら、互いにプレゼントを渡し合うという展開になりそうだなと一安心。
「ここからはお母さんたち次第ですよね?」
「そうなるね。二人に任せるしかないと思う」
これ以上、今日は出来ることはないだろう。
更なる尾行をしても、これ以上の介入はナンセンスだ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
日和さんも特に反論することなく、イヤホンの片方を僕に返した。
もう夕飯時も近いから、日和さんをご飯に誘おうかと思ったが、日和さんが何やら緊張した面持ちで俺を見つめていた。
「あの、実は私からお渡ししたいものがあるんです……」
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