第37話 話せない親たちの謎
日和さんの疑問はもっともなことだった。
バラ園に入るまで普通に話せていたのに、何故話せなくなってしまったのか。
「全然分からない……」
「ですよね……情報も足りないですし、尾行を続けましょうか」
残念そうな口調とは裏腹にニコニコしている日和さん。
まだまだ尾行できることが楽しいのかもしれない。
そして彼女の目線は一旦地面へと向かったのだが、何故かすぐに俺の方へと戻ってきてしまった。
「すいません……思ったよりも高くて……」
「いいよ、ゆっくり降りよう」
「……そうさせてもらいます」
高いところが意外に不安なのかもと、揺れる瞳から考える。
何かしてあげられることがあればよかったのだが、俺にできることは言葉をかけてあげることぐらいしかなかった。
もどかしさと情けなさを感じつつも、日和さんに降りてもらうのだった。
☆ ☆ ☆
再び、俺と日和さんは親たちの尾行と盗聴を再開した。
『バラ……ど、どうでしたか……』
『……き、綺麗でした、すごく』
それだけのやり取りを終えると受信機には何も音が入って来なくなる。
バラ園から出ても、二人の様子に変化は無い。
「実はこれ、二人がバラ嫌いだったという線はない?」
「……流石にそれはないと思いたいです。互いが嫌いなのに行っても、しょうがないんじゃないですかね」
「そのくらいの意思疎通はして欲しいけどね……今の様子を見てると……」
仮に特段好きでもなくても、綺麗なものを見れば心は揺さぶられるはず。
こうだと、何が良くなかったのか本当に分からない。
「映画鑑賞とは何が違うんだろ……、映画を見て感想を話せるなら、花を見ても同じだと思うんだけど……」
そんな俺の呟きが虚空へと消えていくかと思った、その時のことだった。
日和さんがちょっとだけ強く、俺の腕を掴んだ。
何事かと思って、彼女の方を見つめると、瞳が輝いていた。
「鳥羽さん……、バラ園を見た感想を言ってもらっても良いですか?」
「え……綺麗でいい匂いがしたよ……?」
「そう、なりますよね。普通の人だと……」
日和さんは納得したようにうんうんと頷いていた。
俺の反応から何かを掴んだのだろうか。
「何となく、お母さんたちが話せない理由が分かりました」
「おっ! ホント!?」
俺では見当もつかなかった問題に光明が生まれ、テンションが上がる。
そんな自分の表情を見て、日和さんは恥ずかしそうに顔を背けた。
思わず必要以上に顔を近づけてしまったから、びっくりさせてしまったのかもしれない。反省します。
「は、はい。要するに、バラ園では十分な話題足り得なかったんだと思います」
「……というと?」
「さっき、鳥羽さんにバラ園の感想を聞きましたけど……言語化が上手い人か花に詳しい人でもなければ、あれ以上の感想は出ません。つまり、二人が夢中になって話せるほどのものではなかったんです」
「確かにそうかも……凄いよ、雲原さん!」
日和さんは俺にバラ園の感想を聞いたのかと納得する。
確かに、綺麗といい匂い以外の感想は中々出てこない。
親たちもそう感じてしまったから、会話が広がらなかったのだろう。
「でも、正直想像の話でしかないので……」
自信が無さそうには見えない日和さんだが、言っていることは正しいと思う。
実際二人に聞いてみないと分からないことだ。
「じゃあ、聞いてみよう」
俺はスマホを取り出して、父さんへと電話をかける。
「え? 早くないですか?」
「大丈夫、任せて欲しい」
困惑している日和さんに向けて笑顔を返す。
要するに映画とバラ園、どちらが良かったのかと親たちの反応から確かめればいい。折角日和さんが謎を解いてくれたのだから、その答え合わせくらいはしてあげたいし、自分も答えを知りたかった。
そしてつながる電話。
良かった、デートだからってマナーモードなどにはしてないらしい。
『どうした、彰? 何かあったか?』
「いや、この間の映画のスピンオフが公開してるっぽくさ、春子さんと見に行って来たらどうかなって思って。それだけだから、デート楽しんでね」
俺はすぐに電話を切り、盗聴器の方に耳を傾ける。
『彰くんからの電話、何だったんですか?』
『大したことじゃなかったです。この前見た映画のスピンオフが公開してるとか、してないとか』
電話に出た後の二人は普通だった。
事務連絡的な話は緊張せずにできるのかと、ちょっとだけ二人を見直した。
『でも、スピンオフがあるんですね。初めて知りました』
『見に行ってきたらどうかって……彰に言われましたよ』
『……い、良いですね! 今から行きます?』
『ちょっとどこでやってるか、し、調べてみますね……』
嘘の情報に惑わされている親たちの声がイヤホンから聞こえてくる。
正直、こんな直ぐに乗り気になるとは思わなかった。許して。
「映画の話になった途端に、テンションが変わりましたね。露骨に」
「雲原さんの考察、大正解だね!」
「……あ、ありがとうございます」
日和さんはちょっと恥ずかしそうに、俺の腕を握る力を強めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます