第35話 常識的じゃないやり方

 凄い軽いノリだ。

 それだけ日和さんにとって、この尾行が楽しいのだろう。


 でも、バレたらヤバいというのは、分かっていることだ。

 日和さんが興奮気味なのなら、俺が注意すべきだという理屈もある。


 しかし、ここまで楽しそうな日和さんの笑顔を曇らせたくない気持ちがある。というか、こっちの方が本心に近い。


 ……そうだ、彼女が言うようにバレなければ良いだけの話。

 もし仮に怒られるような展開になったのだとしても、誠心誠意謝れば良い。


「雲原さんの言う通りだ。とにかくやってみよう」

「そうこなくっちゃ! ですよ」


 日和さんは拳を丸めて、胸の前で振った。

 やる気万全と言った様子だ。


 俺たちは動いている親たちを見失わないように尾行しながら、小さな声で作戦を考えていくことに。


「日和さんは何かアイデアある?」

「ありますよ。というか、これが一番良いと思います」


 日和さんからの意見を聞く。

 彼女の記憶によるとこのバラ園の出口は一か所らしい。帰る時になったのならば、必ずそちらに向かうはずで、そこを待ち伏せれば良いと語ってくれた。


「じゃあそれで行こう」

「はい!」


 すんなりと意見がまとまり、俺たちは入り口の方からバラ園を出た。


「時間勝負になると思うから、一旦イヤホンを外して走ろう」

「そうですね……」


 俺の言葉に同意しつつも、俺の腕から離れてイヤホンを取るまでに間があった。

 それでもって、俺にイヤホンを渡す時に寂しそうな顔をしていた。


 この間のデートで言われた『好きになり始めている』という、脳内に残り続けている言葉が暴れ出しそうになる。ただ単に、盗聴というものが楽しかっただけかもしれないのに。


 それでも、時間は待ってくれない。

 俺と日和さんはバラ園の外周を走り抜け、出口へと先回りした。

 一度、盗聴器を使い、親たちの位置を会話から推察する。


「まだ、父さんはたちはバラ園から出てないみたいだけど……どうする?」

「どうしましょうね、これ……」


 親たちが出て来ていないのは良かった。

 だが、俺たちには問題が発生していた。


「隠れる場所が全然ない……」

「植え込みも無いですし、木も一本だけしか……」


 バラ園から出た先の通路はかなり開けているわりに、特段隠れられる場所が存在しないのだ。これでは、いくら待ち伏せが出来たとしても、俺たちの存在が絶対にバレてしまう。


 隠れられるのは一本だけある木の後ろだけ。

 だけど、二人分収まるには幹の太さが足りない。いや、十分に太くて良い木なのは間違いないんだけど。


 いや……そうだ立派なのか。

 常識的に考えすぎて忘れていたが、もう一つだけ隠れられる場所があった。


「雲原さん……木に登るのはどう?」

「え、の、登る?」


 日和さんは俺の言葉に戸惑いを隠しきれていなかった。

 本気ですか、と言わんばかりに見つめてくる。


「そう、木の上にいれば気がつかれないんじゃないかなって」

「確かにその可能性はありますけど……」


 日和さんは躊躇う様子を見せた。

 俺としては、そう言いたくなるのも分かる。

 発想が凡そ高校生のそれではないからだ。しかも、そんな醜態を公園にいる人に見られる可能性もあるし。


「そうだよね……やっぱり常識的にヤバいよね」

「常識的……常識的? フフッ、あははは!」


 何故か日和さんは大笑いし始めた。

 俺としては特に何か面白いことを言った覚えは無かった。

 そして、ひとしきり笑った彼女は何故か頭を下げた。


「ごめんなさい、鳥羽さん。常識的にどうかなと鳥羽さんの提案に引いてしまって」

「……? 謝らないでよ。寧ろ、それが普通だと思うし」


 日和さんがまた笑った。それも楽しそうに。


「そもそも尾行したり、盗聴したり……今日の私たちって常識的ではないんですよ。だったら、とことんやるべきだと思うんです。今更、普通とか気にしてる場合じゃないです! だから……木に登りましょう!」


 日和さんが謝った理由も、笑った理由も分かった。

 言われてみれば確かに、今日の俺と彼女がやっていることは常識的じゃない。それを気にしているのも馬鹿げた話だと。そう言いたいわけだ。


 自分自身を納得させ、やる気に満ちた日和さんの眼差しは木の上に向いていた。


「……確かに。じゃあ、登ろうか」

「はい! でも、人生で木なんて登ったことないので、教えてくださいね」


 あっ、その可能性を考えてなかった。

 俺は男だから登ったことがあったけど、普通の女子は木に登ったことがないという当たり前のことを考えていなかったのだ。


 教えながらだったら先に登ってもらった方が良いけど、今日の日和さんはスカートである。彼女は絶対に後だ。


「一回登ってみるから、ちょっとよく見ててね」

「分かりました」


 足と手をかけられそうな場所にかけて登っていく。

 公園内にあるからか、余計な枝が剪定されている。登りづらいかもと思ったけど、寧ろ日和さんが変な枝に体重をかけなくて済むのは良い事だ。


 辿り着いた枝の上から彼女に声をかける。


「どうかな……登れそう?」

「やってみます!」


 高いところに登ることって本能的に怖かったりもするが、日和さんはそうではないらしい。寧ろやる気に満ち溢れていた。

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