第34話 順調そうな親たち
親たちの会話を二人で尾行しながら盗み聞く。
歩きながらだと、振動が耳に響く。
信号待ちで親たちが立ち止まったので、俺たちも一定距離を保って止まる。
それでも、ひっきりなしに聞こえてくる親たちの会話。
『しゅ、修二さんは見ました? 前の二部作』
『み、見てきました。とても面白かったです』
『私は一作目が――』
盗聴を始めてから一生映画の話しかしていないが、それにしても。
「鳥羽さん! す、凄いですよ、お母さんたちがちゃんと会話してます!」
「し、信じられない……」
日和さんは興奮して鼻を鳴らしそうな勢いだ。
彼女がそうやって盛り上がるのも分かる。
俺のイメージだが、親たちは会話のキャッチボールがほぼ続かなかったはず。
それがなんとまあ、映画を見に行かせただけで、これだ。
「や、やりましたよ! 鳥羽さん」
「そ、そうだね。付き合ってるくらいだから、相性がいいんだよ」
「やっぱり互いを知る機会こそが大切なんですよ! やった!」
それにしても、これだけ嬉しそうにキャッキャしている日和さんはあまり見たことがなかった。イヤホンを共有しているのもあって、息がかかりそうなくらいだ。
俺も嬉しくはあるが、ここまでではない。
どちらかと言うと、良かった~って感じの安心感だ。
そこそこちゃんと話せるようになったのを確認できたので、今日のところは帰っても良いんじゃないかとまで思い始める。
だけど、楽しそうな日和さんの様子。
見ているこっちまで楽しくなってくる。
もっとそんな彼女を見ていたいと、何となく思う。
……父さんと春子さんには申し訳ないけど、日和さんに喜んでもらうための出汁になってもらおうかな。
信号が変わり、渡っていく先には大きな公園。
勢いの良い緑の葉っぱが茂っていて、太陽の陽射しが影を作っている。
二人は特に後ろを振り返る素振りも無く、話を続け先に進んでいく。
「あっ、思い出しました。実はこの先、バラ園があるんです。両親に連れていってもらった記憶があります」
「二人の目的地はそこかな……」
バラ園の中では二人を見失わないように気をつけないと、と気を引き締める。
それにしても、親たちの会話はまだ続いている。
『第一作目のゲームだと、銃は禁止だったそうですよ』
『だから、色々な武器を使うのがカッコいいですよね』
『キャラごとに特異不得意があって……』
マジでずっと映画の話をしている。
考えて選んだ映画だけど、俺たちが勧めたのは三作目だったのか。とか一作目の設定だとか知らない話が積み重なっていく。
「お母さんたち、本当に盛り上がってますね」
「そうだね。こんなに仲良くなるとは……」
一回デートにアドバイスするだけでこうなるとは思ってもみなかった。
だけど、変な感じもある。不自然なくらい同じ話を続けているからだ。
元々二人が作品のファンだったのなら分かるが、そうでもないのにずっと同じ話をしている。俺が好きなアニメの話をしろと言われても、ここまでは無理だ。
そして見えてくるのは公園内にあるバラ園。
中に入った二人を追跡して、俺たちも園内へと入る。
辺り一面に色とりどりで多種多様なバラが咲いていて、花の甘ったるい香りが鼻孔をくすぐる。
バラの背が思ったよりも低くく視界が開けており、通路が狭いせいで俺たちのいる方向を見られたらすぐにバレてしまうだろう。
さっきまではあまり警戒しなくても良かったが、ここからは注意しないと。
それよりバラ園に入った親たちはどんな会話をしているのだろうか。
『ば、バラ……き、綺麗、ですね……』
『そ、そうですね……出口に、売ってたり、し、しないかな……』
そして黙る二人……続かない言葉のキャッチボール。
花の鑑賞を始めた途端に親たちがおかしくなってしまった。
「な、なんか変じゃないですか? さっきまで楽しそうだったのに……」
「へ、変だね。楽しく映画の話をしてたのに、それが何で……?」
俺と日和さんは、親たちのいきなりの変化に戸惑う。
声が小さくなったせいで、盗聴器もかなり聞こえづらくなってきた。
それでも聞き取れる範囲で盗聴を続けるが、やっぱり先ほどのような活気が二人には無かった。
「鳥羽さん……これ、どういうことだと思います……?」
こてんと首を傾げる日和さん。
彼女は木陰にしゃがんで、見上げるように俺を見つめる。
「分かんない……」
「……ですよね」
てっきり親たちは小学生レベルの恋愛から抜け出したと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。安心して帰らなくて良かった。
「どうにかして、こうなった理由を探りたいけど……」
折角、尾行をしているのだし何か推論くらいは立てたい。
この様子ならまだまだ、お節介をする必要があるだろう。そのための参考にしたいのだ。
「ですよね。そうなってくると、二人の今の表情が知りたいですね」
「……でも、それって結構近づかないといけないよね」
表情が分かれば、ちょっとでも親たちの心情が分かるかもしれない。日和さんの意見は分かるが、リスクもとても大きい。近づけば、バレる危険性も大きい。
そんな意味を込めて言った俺の指摘だったが、日和さんは意気揚々だ。
「どうにかして表情を確認しましょう。大丈夫ですよ、バレませんって!」
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