第33話 盗聴とイヤホン

 今日の日和さんは俺と同じく、街に溶け込める地味な装いだった。

 目立たない格好だが、その分素体の美しさが際立つ。


 二人でこっそり親たちをつけていく。

 駅前だからそこそこ人が居るので、あまり隠れる必要はない。

 だけど、二人は駅前から外れていってしまう。


「雲原さん。この先って何があるの?」


 雲原家の最寄り駅について、俺が知っていることはほとんどない。

 駅前から抜けて行った先に何かあるのだろうか。


「この先には、大きい公園がありますけど……」

「……散歩デート?」

「どう……なんでしょうね?」


 首を傾げる日和さん。俺もちょっと不思議に思っている。

 理想的なデートを考える時に、色々とデートについて調べた。散歩デートは、話している時間が長くなりやすいとネット記事に書いてあったのを覚えている。


 緊張して上手く会話ができない二人ではまず無理だろうと、一瞬で議題から消えてしまった。つまり、そこまで話せるようになってきた……のか?

 でも、それを確かめるには……。


「もっと近づいて、何を話しているのか聞きたいですね……」

「そうだね……ということで、借りて来た。盗聴器」


 俺はバッグの中から四角い受信機を取り出した。

 そして、昔使ったように受信用のアンテナを長く伸ばす。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! ど、どこでそんなものを?」


 日和さんが凄く驚いていた。少年のように瞳を輝かせ、興味津々と言った様子で俺の手に持っている受信機を見つめている。確かに盗聴器なんて実際に見る機会はないだろうし。


「麻衣が持ってるんだよ。中学校の頃に、先生のポケットに忍ばせて定期テストの内容を盗み聞こうとしてた」

「……宝谷さんはやりかねないですけど」


 日和さんから見ても彼女の印象は同じようだ。

 俺もそれで教師に捕まっていた麻衣を見て、とうとうやったか、と思ったことを憶えている。


 受信機のスピーカーから垂れ流しても多分問題はないけど、人の会話を街中でオープンに聞くのも気が引ける。


 俺はバッグの中からイヤホンを取り出してつける。

 流石に受信機にワイヤレスなものは使えないので、有線のものだ。


 そして、親の会話を盗み聞こうと思ったのだが……勿論イヤホンジャックは一つしかついていない。


 つまり、イヤホンを半分ずつ使うしかない状況。


 こうなるのはある程度想像できていた。だから事前に耳に当たる部分であるイヤーピースを掃除し消毒して、綺麗にした。

 これで不快に思われてしまったら、俺にこれ以上為す術はない。


 それよりも、このイヤホンを半分ずつ聞き合うという行為に、どことなく恥ずかしさを感じる。この間のデートのように近づかなければいけないし、何より顔がとても近い位置に来る。緊張しないはずがない。


 でも、躊躇してても仕方ない。


「雲原さん、申し訳ないけどこれで聞いてくれない?」


 俺はイヤホンの片方を日和さんに渡す。

 何とか声が震えないようにしたつもりだけど、緊張しているのはバレバレだ。


「は、はい! 分かりました……」


 受け取る時の日和さんも、瞳が揺れていた。やはり彼女も俺と同じように照れを感じているのだろう。


 それでも、日和さんは躊躇なくイヤホンを右耳につけた。

 それを見て俺もイヤホンを左耳につける。


 ……やっぱり距離が遠い。

 それを見越して渡す時に多少距離を縮めたつもりだったが、それでも遠い。厳密にはこのままでも行けるが、このイヤホンの長さでは、ちゃんと歩くのは難しい。


 これ以上距離を縮めるとなると……。

 そう思っていた矢先だった。


 日和さんが俺の腕を掴んで、抱きつく一歩手前。

 傍から見たら腕に抱きついているが、微妙にそうではない感じだ。腕を掴んでいるだけ。


 そういう姿勢をしているから日和さんがどういう顔をしているのかは分からない。

 けど、耳が赤くなっていることだけは分かった。


 それにしても、更に距離を詰める必要があると分かって、躊躇なく日和さんはそれをやってみせた。

 

「い、行きましょう。ちょっと歩きづらいですけど、しょうがないですよね……?」

「……そうだね。行こうか」


 女子に腕を掴まれた経験なんてあるわけない。

 どうしても心臓が音を鳴らしている。脈でバレませんようにと願う。


 日和さんに歩きづらい態勢を取らせている以上、俺が引っ張って行かなくてはならない。とりあえず、彼女が歩きやすい様に歩幅を狭めて歩き、尾行している父さんたちに置いていかれないようにする。


 ロスを取り戻したところで、本格的に盗聴を試みる。


「じゃあ、何を話しているか、聞いてみよう」

「よろしくお願いします」

「音量、小さかったり大きかったりしたら、教えて」


 日和さんはこくこくと頷いてくれた。

 そんな中、聞こえてきた音はこもった感じがしていた。父さんのカバンの中に仕込んだからしょうがなくはある。


『こっ、この前見た映画、実は三部作目らしいですよ』

『そうなんですね…………ど、どこかで名前を聞いたことはありましたけど』


 確かに昔ほどはたどたどしくない会話。

 けど、まだ映画の話をしていることは、少しだけ驚いた。


 


 

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