第32話 親のデートを尾行する

 日和さんからの提案に少し……いや、かなり悩む。

 デートというとてもプライベートなものを追跡して観察する。


 俺が尾行される立場だったら、かなり嫌だと思う。

 この間の疑似デートを父さんに見られていたと考えると……かなり厳しい。


 ただ、実際どれくらい二人の距離が進んだのか、気になるところではあった。


『見つかったら怒られそうだけど』

『大丈夫ですよ。バレなければ!』


 電柱に隠れながら、伺いみる猫系のケモスタンプを送ってくる日和さん。

 けっこう可愛いな……とか、そのスタンプを見て思った。後で調べておこう。


『……怒られそうというか、自分がやられたら嫌なことをするのもどうかな、って思ってる』


 やっぱり、乗り気になれない俺はそう送信してしまった。

 メッセージアプリで、こういう反対意見を送るのは苦手だ。どうしても相手の表情やテンションが分かりづらいから。


 そんなメッセージを送ってしまったからこそ、この待つ間が怖い。

 でも、そんなに待つことは無く、連続してメッセージが帰って来た。


『鳥羽さんの言う事には一理あります。私も親にこの間のデートを追跡されていたとしたら、嫌ですし』

『でも、あの二人は親なんですよ。一緒に住むことになれば、私たちはイチャイチャしているところを見せつけられるはずです』

『その前借りをするだけですって!』


 日和さんのその意見には、かなり説得力があるような気がした。

 そうだ、実際に親たちが同居することになれば、なんにせよイチャイチャしている場面を見ることもあるはず……?


 俺には、父母の離婚する前のギスギスとした空気が記憶に大きく残っているせいで、仲が良い夫婦の場面というものを想像していなかった。日和さんの両親は、死別するまでずっと仲が良かったのだろう。


 将来的に見るものを、先に見るだけと考えるなら別に問題はないか……?

 それに、文面から日和さんの強いやる気が伝わってくるし。

 

 俺も気になってはいるし、まあ良いんじゃないかと思い始め、そして。


『分かった。親たちのデートを今度、尾行してみようか』

『はい! お母さんから次のデート予定を聞き出し次第、連絡します!』


 それから、胸を張る猫のスタンプが送られてきた。

 こうして、親たちのデートを尾行することが決まった。


☆ ☆ ☆


 次回のデートは意外にも早かった。

 平日、日和さんの母、春子さんの休みと父さんの早帰りが重なる日だ。


 一度帰って来た父さんは、俺にお金を渡した。

 

「……今日、春子さんとのデートなんだ。悪いけど……どっか食べに行って欲しい」


 本当にこちらに申し訳なく思っている顔だ。

 それでも、この間のデートを経て春子さんとの仲が深まってきたらしいので、ここで更に距離を詰めたいのだろう。


「分かった、そんなに心配しなくて良いから。楽しんできなよ」

「すまん。ありがとう……」


 そして父さんはトイレに行った後に、家から出て行った。

 俺に夕食代を渡すためだけに帰って来た父は、やはり真面目の鑑だ。


 ……ごめんなさい。俺はそのお金を使って父さんたちのデートを尾行させていただきます。


 俺は目立たないような黒い服を着て、父の少し後に家を出る。

 父さんにバレないように、後ろからつけていく。気づかれないように同じ電車に乗り、同じ車両で見つからないようにする。


 俯いてスマホを見ていることで、ちょっとでもバレにくいように。

 そんな中で、日和さんのアイコンから通知が来る。


『母、まだ家を出ていません。そちらはどうですか?』

『こっちはもう電車に乗ったところ』

『わかりました。こちらも家から出たら連絡します』


 繁華街に行くなら雲原家の方が近いが、それにしても家から出てもおかしくない時間だと思う。

 数駅乗っていると、再び通知が来た。

 見てみると、春子さんが家から出たとのメッセージ。


『この感じだと、雲原さんの最寄り駅で待ち合わせかも』

『そんな感じはしますね』

『俺、かち会うとマズいから、駅のホームで待ってる』

『了解です!』


 反対側から見られた時に、俺がいるとバレるわけにはいけないので、駅の外の情報収集は日和さんに任せようと思う。


 そんな予想を裏切ることなく、父さんが降りたのは雲原家の最寄り駅。

 先ほど言った通りに俺は駅のホームで待機する。


 もう春でもなくなってきたが、夏というにはまだ早い。

 そんな季節の風を浴びながら、待っていると日和さんからのメッセージ。


 どうやら、二人が動き出したようだ。てっきり、電車に乗って出かけるのかと思っていたがそうではないらしい。


 ちょっと駆け足で駅ホームの階段を上り、改札を抜けて、二人を尾行しているらしい日和さんを視界に捉える。


 でも、大きな声は出せないので、そのスピードのままに近づいて、トントンと優しく肩を叩く。


 日和さんはビクッとして思わず隠れていた物陰から倒れそうになる。

 それを何とか、俺の貧相な筋肉が支える。

 

 もう夏も近いからか、薄着な彼女のボディラインが分かってしまう。

 抱き留めるような形になり、気まずくなって俺は目を逸らした。

 でも、どうしても視界に映る日和さんの怒りと照れが混じった表情。


「お、驚かさないでくださいよ……」

「ご、ごめん」


 グダグダではあるが、デート尾行が始まるのだった。

 


 

 

 

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