第28話 疑似デートの終わり、鳥羽彰の気持ち

 食事を終え、会計を済まして、店から出る。

 もうすっかりと、夜の景色だ。星の光が見えない都会の空と眩い街灯。人混みが多少マシになってきていた。


 あとはもう帰るだけ。


 駅に着くまでの道中を二人並んで、ゆっくりと歩いていく。


「……今日のデート、どうでしたか?」


 日和さんが一歩近づき、問いかけてくる。

 距離の近さに少しだけ慣れた自分がいる。一日中、隣にいたからだろうか。

 それとも、彼女のことをそれだけ近しい存在だと認識したのか。


「楽しかったよ。雲原さんはどう?」

「凄い良かったです。色々と分かったこともありましたし……」


 雲原さんは穏やかにそう語った。

 その横顔はとても満足そうに見えた。


 それにしても、色々と分かったこととは何だろうか。恐らく、理想的なデートを追及する上でのことなのは間違いないだろうけど。


 純粋に二人とも疲れているからか、互いに無言の時間が続く。

 でも、信号待ちで車の音にかき消されてないくらいの声で日和さんが言う。


「…………鳥羽さんって今日のデート、ドキドキしました?」


 唐突に何を言い出してくれるのだろう。

 思わず、隣にいた日和さんの顔を見てしまう。


 どこか真剣な目つきで、今日の楽しいだけのデートとは違った雰囲気。

 だから俺はその質問にどういう態度で答えれば良いのか分からなかった。でも、何も答えないわけにもいかず……素直に答えた。


「そりゃ勿論するよ……雲原さんみたいな美少女との、デートなんてドキドキしないわけがないよ」


 真摯に答えたつもりだった。

 けど、雲原さんは満足した様子を見せなかった。


「……以前、鳥羽さんは『女子と二人っきりで出掛けられるだけで舞い上がっちゃう』みたいなことを言ってました」


 ……確かに言った記憶がある。失言だと後悔したやつだ。

 もしかして、俺が「雲原さんみたいな美少女とのデートにドキドキしないわけがない」と言ったから、過去の発言を思い出してしまったのか。


「鳥羽さんは……私と同じような容姿をした女性とのデートなら、誰にでもドキドキしてしまうのですか?」


 日和さんが上目遣いに、でもちょっとだけ悲しそうな表情でそんなことを言う。


 その様子を見て、また失言をしてしまったと後悔した。己の浅ましい欲望を見せてしまっただけだと。


 見苦しい言い訳をしたくなる。

 自分にとっては褒め言葉のつもりだった、なんて。


 日和さんがどういう意図を持って、この発言をしたのかは分からない。

 デート相手としての責務、女性としてのプライド。他にも何か理由があるかも。


 信号機が変わり、周りの人が動き始める。

 俺も日和さんも前に進んでいく。


 ここで俺が、『日和さんとのデートだからこそ、楽しかった』などと言えば、彼女に満足してもらうことができるのかもしれない。


 でも、それは真摯に答えてない。

 バカ真面目な父親の血が、それを許してくれようとはしない。


「……そうかもしれない。多分俺は、雲原さん以外の美少女とのデートでもドキドキしちゃうと思うよ」

「そう、ですか……」


 しゅんとした日和さんの声が俺の鼓膜を揺らす。

 もう、歩いて駅まで辿り着いてしまった。同じ路線なので、別れたりはしないけども。


 駅の人混みの中で、俺は自分の気持ちと向き合う。

 誤解されても良いけど、伝えなくちゃいけないことは決まっていた。


「でも、今日まで生きてきて、こんなにもドキドキしたのは雲原さんとの疑似デートが初めてなんだよ。本当に初めてで、そんなんだからさ……疑似デートだって分かってても、このままだと……好きになっちゃいそうだよ」


 これが俺の嘘偽りのない本心を形にしたものだった。

 恥ずかしいけど、適当なことを言って日和さんを傷つけてしまうなんて、自分自身に許せるはずもなかった。


 背けそうになった目を日和さんの方へと向ける。


 一方で、俺たちの関係は家族(仮)。

 義理のきょうだいになるかもしれない相手に、こんなことを言ったら、キモがられてドン引きされるかもしれないと思った。


 しかし、日和さんは顔を、耳まで真っ赤に染めていた。

 今日、何度も互いに赤面してきたが、その比では無かった。

 そして、固まって動かなくなってしまっていた。だけど、その瞳だけは俺の姿を捕らえ続けていた。まるで、一目惚れしたかのように。


 再び訪れる二人の間の沈黙。

 その俺を見続ける眼に、俺も動けなくなりかけたが、ここは駅構内。

 人で込み合っているのに、止まっているわけにもいかない。


「く、雲原さん、動ける?」


 俺は日和さんの服を掴んで移動させようとした。

 それに従って、彼女もなんとか足がしどろもどろになりながらもついてきた。


 人混みを避けて、少しは落ち着ける場所に何とか避難することができた。


 そこでようやく平静を取り戻したのか、日和さんが口を開いた。

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