第25話 暗闇のあーん

 互いに色々と考えた結果、親たちに足りないものは推測がついていた。


『昨日までの話からすると、やっぱり二人は互いを知らなすぎるのかな?』

『そう、だと思います……関係を進めるにはもっと互いのことを知らないといけませんよね』


 親たちは緊張しまくってしまっていることも理由だが、互いの趣味嗜好をそこまで把握していない。何となく探りをいれてみたところ、結婚相談所のプロフィール欄に載っている趣味しか知らなかったのだ。


『それで、ネットを参考にデート先を考えてみたんだけど……映画館とかどうかな?』

『え、映画館ですか……』


 な、なんだろうか。

 日和さんの食いつきは良いものではなかった。


『わ、私も定番なデートスポットだし、映画を見て感想を言い合えるし、悪くないなと思ったんですよ……。でも、先月お母さんと一緒に行ってるんですよね……』

『あ、そうなんだ……』 


 日和さんの気持ちは分かる。

 直近で行った場所に、またデートで行って来たら、と言うのはハードルが高い。


 それでも尚、映画館を推したい理由が俺にはあった。


『でも、映画館、あの二人にピッタリだと思う。だって、無言でいたって特に問題がないんだからさ』


 俺が見出した理由にハッと息を飲んだのが、何となく聞こえた。


『……! 確かに、話さなくてもいいのは利点かもしれません』


 映画館が他にない圧倒的なメリットを持っている理由。

 それすなわち上映中は互いに無言でいることが推奨されること。

 だから、緊張しまくっていても、特に問題がないのだ。


 ただ、メリットもあればデメリットもある。


『そうとう面白い映画じゃないと……緊張をぬぐい切れないかも』

『……じゃあ、日曜日のお試しデートで確認してみましょうよ。面白くて、両親の趣味嗜好に合ったものなのかを』


 そうして俺と日和さんは今日、デートの理想を試すと共に、映画をチェックしに来たのだ。


☆ ☆ ☆

 

 そんな経緯を思い出していると、日和さんが俺の肩をつついてくる。

 流れてくる映画の予告映像をぼーっと見ていて、日和さんからの意思表明に気づくのに遅れてしまったのかも。


 彼女はちょいちょいと手を振っている。

 俺の頭を近づけて欲しいようだ。


 ちゃんと髪の毛は洗っているが、臭いと思われないかと心配しつつ頭を傾ける。


 すると、彼女の手に耳が包まれた。

 余計な空気が入ってこず、彼女のひんやりとした手の感触が直に伝わってくる。

 髪の上からのくすぐったい感じと、横顔の顔を触られる感覚が入り混じっている。更に、耳元にかすかな吐息がかかってぞわぞわする。


 そんな一瞬の出来事の後に、ヒソヒソ声で話しかけてくる。


「ポップコーン……シェア、しませんか?」


 暗い館内、分からないお互いの表情。

 初めて聞く日和さんの、囁き声が鼓膜を優しく揺らしていった。


 話し方と躊躇の無さ的に、日和さんはこの行為を何とも思っていなさそうだ。

 映画を見に行った相手とは誰にでもやっているのかもしれない。


 今日は互いに赤面するような場面が何度かあったが、それとは異なる距離の近さ。

 俺はどうしても彼女を意識してしまう。


 そのせいでもあるし、もう暗くなっているシアター内で声を上げらないこともあって、深く考えることなく俺は頷いた。


 暗い空間の中で日和さんの手が俺の目の前を横切っていく。

 躊躇なく、俺の元にあったキャラメルポップコーンが一つ空中に運ばれ、彼女の口の中へと収まった。


 そして、日和さんは自分が持っている、塩ポップコーンをつまんで俺の口元へと近づけて来た。まるでお返しと言わんばかりで、それがさも当然の行動かのよう。


 日和さんは塩味のポップコーンをシェアしようとしてくれているのだろう。

 女友達同士、母娘ではやるのかもしれないが、俺はそのどちらでもない。

 

 これから映画を見るぞ! という雰囲気に呑まれて、疑似デートだと言う事を忘れてしまっているのだろうか。それはそれで、親たち(特に日和さんの母)も、緊張を忘れてくれやすいということになるのかもしれないけど。


 今流れている予告映像は暗いイメージがてんこもりなのもあって、日和さんがどんな表情をしているのか見ても全然分からない。


 一方の俺だけが焦っている。

 だってこの構図、実質的にあーんだし……。


 日和さんにあーんされて嬉しくないわけがない。

 ただ、後々で日和さんが後悔しないかだけが心配事だ。こういうのって、思い出して布団の中で悶えたりするから……。


 でも、指摘しちゃうとそれはそれで恥ずかしい思いをすることになる。


 ……こうなったら、なるべく自然に頂くしかない。

 

 俺はそのまま近づけられたポップコーンを口でキャッチ! 

 しょっぱい味がするはずだと思ったけど、一切分からなかった。


 唇に日和さんの手が当たったことは気にしないつもりだったのに、結局それにしか意識がいかなかったからだった。

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