第24話 夜半の作戦会議

 ニコニコとした笑みを浮かべている日和さんを横目に並んで歩く。

 ちょうどいい時間になったので、本来の目的地への移動を始めたのだ。


 それにしても繁華街で土日だからか、人が多い。

 はぐれないようにちらちらと、日和さんの方に目を向ける。


 日和さんも心配なのか、頻繁に俺と目が合ってしまう。

 互いに考えていることは同じなのだ。だけど、さっきおどかしてしまってから、互いに物理的な距離がある。


 健全な男女の距離感だとは思う。

 だけど、今日は疑似デートだ。


 ふと脳内に浮かぶ理想のデート論。

 

 さりげない気遣いを、お互いに率先してする。


 これは俺から言ったデート論。

 というかデートに限らず、人間関係全てそうだと思っている。


 だから俺は距離を取っていた日和さんにスッと近づいた。

 肩が触れ合う、手の甲が触れ合う一歩手前。

 この距離感だったら、はぐれる心配はない。


 一度だけ、日和さんの表情を確認したときに、また目があった。

 そのときの彼女は頬をうっすらと赤らめていたけど、嫌そうではなかった。


「……はぐれたら危ないからさ」

「……分かってますよ。そんなこと」


 そうして、人混みを抜けて、目的地へと辿り着く。


☆ ☆ ☆


 薄暗い館内。高い天井にだだっ広い仕切りの無い広い空間。

 少しだけ香ってくるキャラメルの香り。

 そうここは――。

「映画館なんて久しぶりに来たなー」

「そうなんですか? 私は一か月もしないうちに行きましたけど」


 今日の俺と日和さんの本当の目的地は映画館だ。

 チケットは事前にネットで買ってあるので、自動発券機で発券した。

 二人分の飲み物とポップコーンも買った。準備は万端。


「コ〇ンの映画を見に行ったんだっけ?」

「そうです。お母さんと一緒に行きました」


 日和さんもそのアニメ映画は見そうだけど、誘ったのは性格的には春子さんだ。

 つまり、春子さんは映画を見る人。


「……それで結局のところ、修二さんは映画、お好きなんですか?」

「普段から見るタイプじゃないけど、ドラマとか小説はよく見てるから、大丈夫じゃない?」


 修二さんとは俺の父さんのことだ。

 日和さんは俺のはっきりしない答えに、訝るような目つきを見せる。

 

「ちゃんと聞かなかったんですか?」

「聞いたけど、もうここ何年も映画なんて見てないって、言ってたからさ……」


 ジトーっとした目線が痛い。

 だが、そう言っていたのは本当なのだ。

 恐らく、俺を放置して一人、土日に映画館なんて行けなかったのではないか。父さんはそういう人だ。


「本当にそれで理想のデートになるんですか……?」

「それを検証するために来てるんだし……駄目そうなら別の方法を考えよう」

「そうなんですけど、そうなるとまた……」


 日和さんは「また」で言葉を濁した。

 一瞬だけ頬が朱色に染まっていたが、すぐに咳払いをしていつも通りの微笑みを浮かべる。

 

 その表情から移り変わりから何となく言わなかったことを察した。

 『また、こんなに恥ずかしいことをするのでしょうか』とかになるんじゃないか。  

 確かに、二度目でも疑似デートなんて慣れるものではないだろう。

 

 決して嫌ではないけど、積極的にやりたいことかと言えば。悩む。

 だけど、日和さんは、俺の目を見て、濁した言葉を強く言い放った。


「駄目そうだったら、また、デート行きましょうか」

「そ、そうだね」


 そのキラキラと眩い微笑みに俺は思わず頷いてしまう。

 日和さんとの疑似デートが楽しいことなのは間違いないからだろう。彼女もきっとそう思っているそうだと、その表情から分かったような気がした。


「じゃあ、中に入ろうか」


 俺と日和さんは発券した券をゲートにかざしてシアターに入っていく。

 席は、一番上の端っこだ。日和さんから提案された。映画慣れしているだろう彼女に反論する必要も無かったし、見やすい席なんだろうと思う。

 

 シアターに入ってしまった以上、話をするのは憚られると思い、俺はぼーっとしていた。スマホはいじりこともナンセンスだし。


 その間に脳裏に浮かんだのは、映画館を理想のデート予定地に決めた日のことだ。


☆ ☆ ☆


 互いに色々とメッセージアプリで意見を出し合い、後は具体的にどこに行くのかを決めるだけだった周の半ば。そのやり取りの履歴を見ながら、通話して決めてしまおうと言うのが、その日だった。


 出るのに遅れるのは良くないと考えて、予定時間の五分前から待機していたところ、時間通りに俺のスマホが震えだした。ワンコールもしないうちに出る。


『随分出るのが早いですね……私と通話するのが楽しみでした?』


 からかう様子もなく、普段のトーンでそう言われたからビックリする。

 学校と違って周りに一切のノイズがないし、通話で夜遅くに日和さんと話しているという事実も同時に胸を高鳴らせていた。


 何て答えようとか思っていたが、そう言われたら素直になるしかない。


『そりゃ……楽しみだったけど』

『……! こ、光栄です』


 光栄なんだ……。だけど、そう思ってもらえる俺の方がもっと光栄な気がする。

 そんな風にして、夜の作戦会議が始まるのだった。

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