第23話 思いつきだけど、精一杯のプレゼントを

 俺は、先ほどまでいた文芸書が売っているフロアへと戻って来ていた。

 急にいなくなって日和さんを心配させるわけにもいかないし、早く目標のものを入手しなければ。

 

 俺はいくつかある中から、彼女が好きそうなデザインのものを選ぶ。

 早く選ばなくてはいけないのに、躊躇なく選ぶことができない。


 やっぱり、俺は日和さんのことをよく知らないなと思う。

 これだけ親を再婚させる同盟として一緒に動いているのに。


 そんな中、俺のスマホが震える。

 日和さんから連絡が来たのだ。見ると『どこに行ったんです?』とメッセージが送られてきていた。


 本当に早くしないといけないな、と思えば思うほど、焦る。

 普段使いするものなのに……と、そっか、普段使いか……。


 俺はそれに丁度良いデザインのものを選んで、レジへと戻った。


☆ ☆ ☆


「どこかに行くなら、一言くらい言ってくださいよ。探したんですから」

「いや、ごめん……」


 待たせているどころか、探しに行かせてしまっていた。

 逆に彼女に買っているものを見られずに済んだのは、運が良かったのかも。


「お詫びというか……いや、お詫びじゃないんだけど」

「……?」


 俺の要領を得ない言葉が宙を彷徨う。

 普段の癖で謝っている場合ではない。


 俺は今から日和さんにプレゼントを渡すのだ。

 彼女(仮)を喜ばせたい、そのために。

 互いに理想のデートを話し合っている時のことに日和さんは言っていた。


 さりげないプレゼントとか、いいですよね、って。


「雲原さん、さっきさ、買った本にブックカバーをかけてもらってたよね」

「そうですけど、それが一体……?」


 日和さんは店員さんにそう頼んでいたのだ。だから――。


「これ……プレゼント。いらなかったら自分で使うんだけど……」


 俺が取り出したのは本屋に売っていた布製のブックカバー。

 本当にいらないとか言われたらどうしよう……? と不安だった。


 一方の、日和さんは目を丸くしてパチクリさせていた。

 そして、嬉しそうに目を細めて、それを受け取ってくれた。

 大事そうに優しく持つ姿に思わず目を奪われる。


「……ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」

「……是非、そうして欲しいです」


 そして、日和さんはその場で包装を取り払い先ほど買った本につけていた。


「あれ、ここに猫ちゃんがいるんですね」


 受け取ったときに気づかなかったのか、日和さんが猫の刺繡を指差した。

 結局迷った挙句に俺が選んだのが、灰色の背景に黒い猫が一匹いるだけのシンプルなもの。でも、これに決めたのはキチンとした理由がある。


「雲原さんのアプリのアイコン画像って猫だったからさ……好きなのかなって……」

「……! そうなんですよ。猫が好きなんです……そこまで考えてくれたんだ」


 日和さんの頬が緩んでいた。

 良かった、やっぱり猫は好きだったらしい。


「それにしても、これ結構高いですね……、本当に良かったんですか?」


 日和さんがそう言うのも納得できる。

 だってこれ、文庫本一冊よりも高い。なんなら、単行本と同じくらいの値段がする。でも、俺は買うことを選んだ。


「今日は実験とは言え、デートだし……雲原さんに喜んでもらえたらな、って」 


 普段ならこれを素直に伝えるのにかなり勇気が必要だったはずだけど、日和さんがとても大切そうにブックカバーを握る様に感化されてしまった。


「すごい嬉しいです……まさかプレゼントなんて。でも、どうして急に……?」


 日和さんは暖かな目線を向けてはいるが、首をかしげていた。


 しかしながら、俺にそんな大層な理由はない。

 ただ、日和さんを喜ばせるのが、なんちゃって彼氏な俺のすべきことだと思ったから。たったそれだけだった。

 

 でも、デートなのに「すべきこと」ってお堅すぎる。


「もっとデートを盛り上げたくなったから? なのかな。前提には、プレゼントが本当に効果的なのかを確かめるって理由もあるかもだけど……」


 なんか婉曲な言い方になってしまった。

 一方の日和さんは、なぜかびっくりしたように唖然としていた。それから、おろおろとしたように視線が狼狽えていた。


「……もしかして、物足りなかったりしてますか?」

「物足りない……? いや、別に今日は十分楽しいけど……」


 もしかして、俺が今日盛り上がっていないと思ったから、プレゼントを渡したと勘違いしているのだろうか。

 決してそんなことはないのに、口下手な説明をしてしまったからだ。

 もう恥とかの前に、ちゃんと言葉にしなければ。


「全然物足りなくはないって! ただ、俺が日和さんに喜んで欲しかった。それだけなんだよ。それに今日は、ドキドキして仕方ないから……こんなデートしたら、親たちだってもう再婚まで待ったなしだよ」

「そ、そうなんですか? でも……」


 日和さんは納得がいっていないというよりも、何か考えている様子だった。


「じゃあ、私も! もっと鳥羽さんに喜んでもらえるように頑張ります!」


 俺は知っている、日和さんは借りは必ず返すタイプの人なんだと。それがここで発動してしまった。

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