第22話 彼女(仮)を喜ばせたい

 駅構内から抜け出して、二人並んで道を歩く。

 お互いに口を開けなかったのは、やはり恥ずかしかったからだろう。


 疑似的に手を繋いだことで分かったことはあったと思う。だけど、それを伝え合うことなんてできない。

 

 あなたの手でドキドキしました! なんて、本人に言えない。

 雲原さんも何か小指を気にしているようだし……。

 

 しかし、何もせずに黙っていれば、目的地へと到着してしまう。

 流石にまだ早い。

 気を取り直して、俺から声をかけよう。


「雲原さん、そういえばちょっと早く着いちゃったから、寄っていきたいところがあるんだけど」

「…………」


 日和さんからの反応はない。

 緊張が精神を追い抜かしてしまったのだろう。

 

 本当に手を繋いでいたら、もっととんでもないことになっていたかも……。


 こういう時に日和さんの精神を現世へと呼び戻す方法が分からない。

 彼女の恥ずかしいことなどを知っていればよかったけど、俺にそんな情報はない。


 けど、俺だったら絶対に意識が戻る言葉を思いついた。


「あ、春子さんだ」

「……えっ! 嘘、どこですか?」


 さっと俺から距離を取る日和さん。

 良かった。どうやら飛んでしまった魂が現世に戻って来たらしい。


「ごめん、冗談」

「……びっくりさせないでくださいよ! 今日のことなんて、知られたらマズいんですから……」


 頬を膨らませて可愛らしく怒る日和さん。

 俺も親の目があったと言われたら、かなり動揺していたに違いない。

 

 本当に出会ったら二重の意味でよろしくないのだ。

 親のためのお節介しようとしているのがバレること。

 あんなに近い距離感で歩いていれば、付き合っていると勘違いされるかもしれないこと。


 それにしても、日和さんはどっちを重く見たのだろうか。なんて無粋な考えが頭の中をよぎって行った。流石に聞く勇気はない。


「それで今はどこに向かってるんですか? 寄り道ですよね」

「そうそう、寄り道」


 てっきり話を聞いていなかったのかと思いきや、ちゃんと聞いていた。

 何か別の考え事をしていたのかな。


「ここだよ」

「へー、本屋ですか。随分と大きい」


 俺が指差した先にあるのはそこそこ大きいビルだ。

 ただし、そのビルは全てのフロアが本屋だ。とにかくデカい。


「鳥羽さんって読書するんですか?」

「まあ、インドアな人間だから……読むよ」


 インドアだから、というよりはインドアになってしまった。

 母さんと父さんが離婚して以来のことだ。


「私もどちらかと言えばインドアなので……お揃いですね」


 日和さんは微笑みながら、そう言ってくれた。

 だけど、俺にとってみれば意外だった。


「……勝手なイメージだけど、アウトドア派だと思ってた」

「勿論、アウトドア的なことも好きですけど……どうしても、家のことをやらなきゃって考えちゃうので……」


 分かる~! と思わず言いかける。

 自分も同じなのだ。どうしても父さんのことを考えると、家事は出来る限りやってあげようという気持ちになってしまう。

 だから、あまり外出しようという気にならなかったのだ。当時は特に。


 ただ、日和さんもそういうことを考えそうな人なのは分かっていたのに、学校でのイメージだけで語ってしまった自分の愚かさに、頭が痛くなる。


「俺もそうだよ。ごめん、勝手な印象で話しちゃって……」

「そんなことで謝らないでくださいよ。今日はデートなんですし」

「……そうだよね」


 確かに疑似デートとは言え、謝るのは雰囲気を落とす行為に他ならない。

 俺がするべきは、少なくとも彼女さん(仮)を喜ばすことだろう。


 思い出せ、何が日和さんと俺にとっての理想のデートとは何だったのかを。

 一週間かけて色々と話し合ってきたのだ。

 何かできることはあるはず。


「雲原さんこそ、本とか読むの?」

「読みますよ。お金が勿体ないので、図書館で借りてきたものばかりですけど」


 ここが本屋という場所だからだろう、日和さんは小さな声で呟いた。

 読書は図書館行くとか、小説投稿サイトで読むとか、お金をかけずにできる趣味という側面も持っている。


「どういう作品を読むか聞いても良い?」

「……まあ、色々ですかね。一般文芸からライトノベルまで、色々と」


 色々かあ……。

 読むジャンルが偏ったりしているのなら、本の一冊くらい買ってあげらないかと思っていたけど、それは難しそうだ。選ばせてまで買うのは、趣がないだろうし。


「それにしても、鳥羽さんはどうして本屋に来たんです?」

「父親が欲しいって言っていた本を買いに……」


 なんでも、ずっと追っていたミステリー作品のシリーズで、何年かぶりの新刊らしい。内容覚えているのかな、とは思うけど。

 

 エレベーターに乗って、文芸書の階へと向かう。

 久しぶりに来たからか、内装が変わっていた。

 目的の階には文芸書だけではなく、ブックカバーや栞なども置いてある。


「どこの階も本棚でぎっしりですね。時間があればもっと見ていたい……」

「確かに……でも、今日は時間がないから、ま……」


 目を輝かせている日和さんに思わず「また今度」と言いかける。

 危ない、危ない。

 

 そして、新刊コーナーに置いてあった目的の本を取る。

 日和さんも「やっぱり、私も何か買おうかな……」と本を持っていた。


「じゃあ、レジに行きましょうか」


 どうやら、買う気らしい。

 レジのある一階に移動し、並んで順番を待つ。


「お次のお客様、どうぞ~」


 先に会計をしている日和さんの、レジでの会話を見ていた時、ハッとした。

 もしかして、あれなら彼女を喜ばせられるかも。

 思い至った俺は、列から抜け出して、店内を移動し始めた。


 なんちゃって彼氏だって、彼女(仮)を喜ばせたい!

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