第21話 疑似手繋ぎ

 日和さんと電車に乗って、目的地がある駅に到着した。

 近くの繁華街がある駅。直近では親たちを偶然出合わせるために、父さんを連れ出した場所だった。


 電車から降りて、ネットの地図を俺は確認した。


「じゃあ、行こうか」

「……待ってください」


 日和さんが緊張した面持ちで俺のことを見つめている。

 何か言いたげに揺れる瞳は、すぐに決意の籠ったものへと変化した。


「鳥羽さん……私たちが考えた理想的なデート論、覚えてます?」

「それは、一応……」


 俺と日和さんは、この一週間、理想的なデートを考えてきた。

 俺たちにとってではなく、あの小学生レベルの恋愛しかできない両親にとっての。


 そして、いくつかのデート論ができた。


 互いの価値観を知れるように。

 恋愛欲求的なものが満たされるように。

 どちらかだけでなく、互いに与えられることがあるように。


 などが、意見に上がったことを憶えている。


「私が色々出した意見の中で、特に大切だと思っていることがあります。それが本当に効果のあることなのか、試してみたいです」

「……分かったけど、何をするの?」


 言ってから少々良くなかったかもしれないと後悔する。

 大なり小なり、これから日和さんが言う事はデートの盛り上がりに直結するような何か。ということは……もしかするとドキドキすることかもしれない。

 仮にそうだったら、どういう表情をすればいいんだ。


 日和さんが発した言葉は俺の予想通りだった。


「デートなんですし、手……繋ぎませんか」


 日和さんは恥ずかしそうにだったが、真っ直ぐな瞳をしていた。

 差し出される彼女の柔らかそうで白い手に、どうしても視線が集中してしまう。


 疑似デート、疑似デートと心に言い聞かせる。

 寧ろ、その疑似デートだから、どう対応するのか迷っているのはあるけど……。


「えっと、どうしてか理由を聞いても良い? ちょっと情けないけど、心の準備が追いついて無くて……」


 時間稼ぎなのがバレバレな質問。

 というか、そう言ってしまっている。


「私、恋人同士が触れ合うことって大事だと思っているんです。距離感って関係性に出るはずですから……」

「つまり、親たちの距離感が遠すぎるから手ぐらい繋いで欲しいってことか」


 確かにあの二人が手を繋ぐことが想像できない。初心すぎて。

 手を繋げるようになれば、必然と関係性は近くなるのかもしれない。

 その効果があるのか、俺で試したいということだろう。

 

 でも、日和さんはリンゴみたいに真っ赤になって目をウルウルとさせている。


 日和さんの照れている様子が俺の心を揺らす。

 可愛らしすぎて、その手を今すぐ手に取ってしまいたくなる。

 

 でも、どこか日和さんが無理をしているのではないかと勘繰ってしまう。

 それだけ緊張しているのが、雰囲気から何となく分かる。

 

「雲原さん……ごめん。手を繋ぐのは止めよう。そもそも、俺たちは恋人じゃないんだからさ」

「え……そんなに嫌だったんですか……?」


 俺の言葉に、日和さんはショックを受けたように俯いた。

 彼女もかなり覚悟して言ったことだとは思う。それを否定されるのが、心に響くことだとも分かっている。


「嫌じゃないよ。寧ろ嬉しいけど……、俺たちの関係性ですべきではないと思うんだ。だからさ……」


 俺は日和さんが差し出してきた手を取って、互いの小指を絡ませた


「こ、このくらいにしておこう……一応ボディタッチだからさ。こ、これで、分かることもあるんじゃないかな」

「…………」


 日和さんは頬を朱色に染めて黙ってしまった。

 でも、俺の指を離さないように、しっかりと絡めている。


 すべすべで柔らかい触感が、胸を高鳴らせる。

 指先から伝わってくる体温がひんやりしていて気持ちいい。


 そして、それだけ距離感が近くなると自然と分かることがある。

 日和さんから良い匂いがするのだ。そのふわっとした毛髪に使われているシャンプーの匂いなのか、それとも香水をつけていたりするのだろうか。いずれにしても、心臓が鼓動が大きくなってしまうことに変わりはなかった。


 動揺して脳内が真っピンクになりかけていたが、そのままではいられない。

 手を繋ぐ未満のことで心臓発作を起こしてしまいそうだが、今日は親たちのための疑似デート。ここで立ち止まっているわけにはいかない。


 それに、駅構内ということもあって、周りからの視線が辛い。

 どこか微笑ましいような笑みを浮かべている人が多いが……。


「く、雲原、さん……う、動けそう? 大丈夫?」


 俺の言葉に日和さんはちょっとだけ、ピクッと反応した。

 よかった。どうやら羞恥心が限界突破して、何も考えられなくなっていたわけではないらしい。


「だ、大丈夫、です。そ、それよりも、指を離しましょうか……やっぱり、わ、私には、刺激が強すぎたようで……。こ、これだけでも、学べたこと、は、沢山、あった、ので……」

「そ、そうだね……そうしよう」


 そして、離れていく俺の指と日和さんの指。

 互いに顔を見れなくなっている中で、俺は密かに親たちに共感した。


 付き合ってもいない男女でこれなのだ。本当に好き合っている男女なら、心臓が爆破してもおかしくない。小学生レベルになるのも致し方ないのかも……。

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