第20話 疑似デート、考えることは同じ

 それから日和さんと『親にとっての理想のデート』を考えようとしたのだが、昼休みの終わりが迫っていた。

 

「もう教室に戻りましょうか」

「そうだね……今日はごちそうさまでした」

「いえいえ。お世話になったので、当然のことです」


 当然なのかもしれないけど、そこまでちゃんとしたお返しをする人は中々いない。

 大したことをしていないと思っているからこそ、俺も何か日和さんにしてあげたくなってしまう。

 

 教室へと戻る廊下を歩く、俺の隣には日和さんがいる。

 二人でご飯を食べると聞いた時には、緊張でフリーズしかけていた、だけど、帰る頃には自分を卑下したい気持ちは薄くなっていた。


 渋柿を食わされるという脅しのお陰なのか。

 いや……流石に違う。


 雲原日和さんという、家族(仮)の彼女から『素敵な人』なんて言われたのが、心に響いているのかもしれない。


「じゃあ、鳥羽さん、また後で親たちのことを決めましょう」

「そうだね、また」


 そして、俺たちは教室で自分の席へと戻る。

 日和さんはすぐ友人たちに囲まれていた。そして彼女らと接する日和さんの表情を見て気づいたことがあった。


 日和さんが自分と接するときの笑顔があまり変わらない。


 俺に対して気を遣わないようになってくれたのかなと……ちょっと嬉しくなって頬が緩んだ。


☆ ☆ ☆


 疑似デート当日。

 あの日から、親たちにとって理想的なデートを話し合った。実際にデートを試してみることで、机上の空論を実践できるのか考えるのが今日のデートだ。


 女子とデートに行けるような服なんて持ってないよ!

 なんて、ごねる相手は流石にいない。

 父さんに相談するわけにもいかないから、出来るだけ綺麗なものを選んで着た。


 日和さんの家の最寄り駅に降り立つ。

 服装がみっともないと思われないか、時間、間違っていないかなとか、不安を抱きながら改札への階段を上っていった。


 一応、三十分前に着いた。

 

 日和さんはこの前、男性にリードされたいと語っていた。

 実際にそれができるかはさておいて、日和さんを待たせるのは嫌だ。


 そう思っていたのに、改札の先に一人の女性の人影がある。

 見覚えしかないその子に、思わず視線が奪われる。


 水色のカーディガンに白いロングスカートを合わせている。

 毛先が内側にウェーブがかかっていて、普段とはちょっと違う髪型だ。

 

 大なり小なり、普段着の延長線上のはずなのに、いつもと違って見えて、胸が高鳴ってしまう。


 その女性……雲原日和さんは俺を見つけると手を振った。

 そこでハッとし、自分が置かれている状況を思い出し、小走りに走り出す。

 もしかして、待たしていたんじゃないかと。そう思って。


 その俺の行動に日和さんが驚いたように目を見開いていた。そして、何だか緊張したように頬を強張らせた。

 俺が改札を抜けたと同時に、日和さんもこちらへと駆けてきた。

 そして、目を合わせた俺たちは、同時に口を開いてしまった。


「ごめん!」

「ごめんなさい!」


 互いに発した言葉は同じ意味だった。

 どういうこと? とお互いに顔を見合わせる。謝った理由を説明しようと考えたが、日和さんも何か言いたいことがあるのでは、と思い口を噤む。

 

「……ちょっと早く来すぎちゃいました。心配をおかけして申し訳ないです」

「……いや、俺も同じだよ。早く来すぎちゃった」


 本当は日和さんを待たせたくなかっただけ。

 勝手な想像だが、彼女も似たような理由ではないだろうか。


 そこまで考えて、俺は笑ってしまった。

 日和さんもつられたのか、小さく笑っていた。


 でも、笑い合うと場のテンションが少し下がった。

 疑似デートとは言え、俺と日和さんは緊張しているのだ。


「…………で、では、今日はよろしくお願いしますね。私の彼氏さん」


 彼氏さん、と上目遣いで言われるとどうしてもドキッとする。

 本当に俺のことを好いているかのような、緊張で震えた声なのが余計に。


 俺もなんか、ギザな台詞を言い返した方が良いのかな……。


「よ、よろしくね……お、俺のかわいい子猫ちゃん」

「こ、子猫ちゃんって……フフッ」


 日和さんは子猫ちゃんと呼ばれたことに笑いを隠せない様子だった。

 しかしながら、俺をからかうような様子は見せない。笑われたが、こちらに不快感は一切なかった。

 純粋に俺の言動を楽しんでいるようだった。

 緊張が解けたようなら、それはそれで良かった。


「それはさておき……ちょっと時間より早いですけど、どうします?」


 どうするか? というのは目的地へと出発するかどうかの話だろう。

 親たちの距離を縮められるような理想のデートを検証するのが、今日やること。


 俺たちが住んでいるような普通の街をデートして、親世代が満足するのか。

 いや、ならないだろうという話になった。というわけで、ここから移動するのだ。


「早くついても問題ないし、行こうか」

「じゃあ、エスコートよろしくお願いしますね。彼氏さん」

「そうだね、子猫ちゃん」

「そ、それ、言われると笑っちゃいます……フフッ」


 そうして、俺と子猫ちゃん(日和さん)との疑似デートが始まりを告げた。

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