第19話 理想的なデートって?

 日和さんからの質問に頭を悩ませる。


 そもそも色恋沙汰に一切の接点が無かった自分にとって、『理想的なデート』など何もない。

 そりゃまあ……俺だって人並みに女子とお付き合いしてみたいという感情はある。

 けど、そこ止まりで理想なんて考えたことがない。


「ごめんだけど、恋愛偏差値が低すぎて分からない。気持ち悪いかもしれないけど、女子と二人っきりで出掛けられるだけで舞い上がっちゃうかも……」


 言ってしまってから思いっきり失言だと気づく。

 疑似デートだとは言え、日和さんと出かけることが楽しみで仕方ないと捉えられてかねない。

 日和さんには『家族(仮)』と言ったのに。

 気持ち悪がられていないか、と心配になりながら、彼女の表情を見た。


 だが、意外にも日和さんはにんまりとした笑みを浮かべていた。

 気分を害してはいなさそうだけど、何を思っているのか分からない表情だ。

 

「……良かったです」


 ホッと一息つくような日和さんの一言。

 もしかしたら、親のために、俺が嫌々受け入れたと勘違いしているのか。

 そういえば、そもそもデートに行くことを了承していなかった。


 断っても断らなくても、意識していると思われてしまいそうだ。

 だったら、親のため。ここはちゃんと日和さんへ思っていることを口にしよう。


「雲原さんと遊びに行くのは……普通に楽しみだよ。親のためだからって、無理したりはしてないよ」

「わ、私も楽しみです……!」


 日和さんの頬に少し朱色が差している。

 俺も顔に熱さを感じていた。異性と二人っきりで遊びに行くのが、楽しみだと伝えたことが恥ずかしい。


 食堂のがやがやとした雰囲気の中、静かな俺たちの間。

 でも、デートについての話は詰めないといけない。

 

「…………逆に聞くけど、雲原さんはどういうデートが理想なの?」

「だ、男性にリード……してもらいたいかもしれません。手を繋いだりして……」


 日和さんは視線を伏せて、普段よりも小さい声で周りに聞こえないように、震える美声を響かせた。目が合わないせいか、真っ赤な耳に注目してしまう。


「そ、そうなんだ」


 こ、困る~!

 

 日和さんが恥じらう様子の破壊力がすさまじくこと。

 人生でここまで可愛らしいものを見れたことない、と言えるものを見せつけられて、それに一切反応できない状況に困る。


 一方で冷静な自分の存在にも困っていた。

 理想的なデートを試す以上は、リードされるようなデートを俺が演出しなくはならないだろう。情けない話だが、それは難しいと冷静な自分が叫んでいた。


「……雲原さん。具体的にはどういう場所でデートしたいとかある?」

「具体的に……。正直、す、好きな人が、私のためを思って連れて行ってくれるのなら、どこへでも……」


 日和さんの恋人になる奴が羨ましい。

 恋愛経験のない自分でも流石に分かる。こんなことを言われて嬉しくない男がいないことぐらいは。

 いつにも増して可愛らしくて参ってしまう。


 それはそれとして、気づいたことがあった。

 

「なんか恥ずかしいけどさ……俺たちって相当受け身だよね」

「そ、そうかもしれませんね」


 日和さんも俺も、言っていることは大して変わらない。

 異性から何かしてもらいたい、という気持ちの方が強めなのだ。ただ単に、何かをしてあげたいほどの異性がいないだけかもしれないが。

 

 これでは何も決まらない。


「今まで恋愛に関わりが無かった俺には、やっぱり難しいな。理想的なデートって」

「…………じゃあ、私が全部決めてもいいですか」


 受け身だと思って日和さんからの意外な一言。

 彼女の目にはギラギラとした力強さが宿っていた。

 何かを決心したような、そんな表情が見て取れる。


「……疑似デートの内容をってこと?」

「はい。私の理想に鳥羽さんにも協力してもらう形で……互いの理想を修正していくんです」


 さっき日和さんは、リードして欲しいと言っていた。

 つまり、俺は彼女の意見を聞いてリードできる男性を演じるということになるのだろうか。


 果たして俺にそんなことができるのか。

 でも、できないとも言いづらい。日和さんだって、俺なんかに理想の男を投影しようとしているのだ。

 その気持ちを無駄にはできない。


「勿論、そこに鳥羽さんの理想も組み込めればもっと良いんですけど……」

「確かにね。その方が『理想的なデート』には近くなるよね」


 女子と余り関りが無かったからと言い訳してないで、俺なりの恋愛観をちゃんと磨くいい機会なのかもしれない。

 そうすれば、俺と日和さんの思い描く『理想のデート』が出来上がるはず。


 …………なんか違くないか。


 そもそも、親のために理想的なデートを追及すると言う話だったはずだ。

 これで俺たちが、互いの恋愛観を話し合っても、出てきたものが親たちの距離感を縮められるようなデートを演出できるものになるのか。


「雲原さん……ごめん。このままだと親のためというより、俺や日和さんの理想を追っているだけになりそうだなって思ったんだけど……」


 その俺の指摘に日和さんは一瞬で頬を赤く染めた。

 すぐに両手で顔を隠してしまった。

 

「ご、ごめんなさい! ちょっと色々と楽しくなっちゃって……」

「俺も……似たようなものだから……」


 テンション上がり過ぎるって良くないな~と思いながら、親にとっての理想のデートを二人で考えるのだった。

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