第17話 予定では手作り弁当?

 胃が痛くなりそうな昼休み。

 授業終わりのチャイムと共に日和さんがやってくる。

 嫌でも俺に視線が集まってくる。別に嫌な視線ではないのだろうが、どうにも慣れたものではない。


「行きましょうか。食堂」

「ごめん、一人誘いたいんだけど大丈夫?」

「良いですけど……」


 上機嫌に見える日和さんの眩しい微笑みが一瞬陰ったような気がした。

 確かに家庭のことが話の大元にあるのに、誰かを誘うのは良くなかったのかも。

 とは言っても学校という場で、一対一で日和さんとご飯を食べる勇気は無い。


 一人、スマホで謎の生首が喋っている動画を見ている麻衣の肩に手を置く。


「なんだぜ~? あたしに何か用か~?」

「頼む! 食堂で雲原さんと二人っきりだと、緊張しちゃいそうなんだよ。だから、麻衣のマイペースさを借りたいんだ」

「マイペースさを借りたいとか意味の分からん日本語だぜ~。要は、お前と日和ちゃその間を取り持って欲しいのか~?」

「そうそう」


 俺の頼みに対して麻衣はため息をついた。

 面倒くささがそのぐだっとした姿勢からも伝わってくる。


「この際だからよ~、お前のその『特別な人と人前で話せない』癖、直してこいだぜ? 二人っきりのときは普通に話せてるんだろ~?」

「そうなんだけどさ、頼むよ」


 俺は思いっきり頭を下げた。 

 こんなに情けない姿を学校で晒したくは無かったが、背に腹は代えられない。


 そんな俺の姿を見て、麻衣は大きく嘆息を吐いた。


「……ったく、しょうがないんだぜ」

「助かる~、ありがとう」


 かったるそうに立ち上がった麻衣の手を握りぶんぶんと振った。

 

☆ ☆ ☆


 俺の眼前に置かれている料理たち。

 我が校の学食で一番高いメニューと言えば、学生限定特製ランチだ。

 みそ汁は、どの定食メニューにもついてくるのは変わらないが。


 やはり目を引くのは大量のおかずたちだ。

 メンチカツ、コロッケ、唐揚げ、揚げ物のオンパレード。黄色いカロリー爆弾と共にあるのは白米ではなく、牛丼(白米にも変更可能)。


 これが二つ並んでいる。

 俺の分と、麻衣の分だ。

 麻衣が食堂について来る条件として提示したのが、学生限定特製ランチを奢ることだったのだ。


「あの、鳥羽さん……これ、私が奢った分のお金で宝谷さんに昼食をあげただけではないでしょうか?」

「……結果的に」


 その言い訳にならないような戯言に、日和さんの瞼がぴくぴくと動いていた。

 自己紹介ゲームをした時とは比にならないくらいには、怒っていそうだ。


「鳥羽さん……私、ちゃんと謝罪と感謝をしたいんです。別に宝谷さんにご飯を奢ることが目的では無いんです」

「いや、はい、すいません。そうだよね……」


 学食で二人っきりで食事とか緊張して無理だと思っていたが、そんな気持ちはもう吹き飛んでいた。日和さんの圧が何しろ強い。


「まあまあ、そう怒るなだぜ~、日和ちゃそ」

「そう思うなら宝谷さんはどうして、鳥羽さんから集ったんですか……」

「そうは言ってもな~、これが世の摂理、経済だぜ~」


 確かにお金が回っているが、そういうことではない。

 超適当な様子の麻衣に、さらにぷんすかと怒りを見せる日和さん。


「やっぱり、鳥羽さんのために弁当を作って持ってくるべきでした。お母さんに止められたけど、気にしなければ良かったです」


 その言葉に麻衣は思わず、抱えていた牛丼を落としかけていた。

 俺だってそうで、油モノのお口直しに飲んでいたみそ汁を吹きそうになった。


「どうぇぇぇ! それは止められても致し方なしだぜ! ただでさえ、家族になるかもしれないのに、付き合ってるなんて噂が流れたら最悪だぜ~」


 俺もコクコクと頷く。

 日和さんからの手作り弁当を学校で食べるなんて、絶対にヤバい。


「そうですか……別に私は……?」


 そこで日和さんの言葉と表情が静止した。

 一瞬だけ頬を赤くしたかと思えば、すぐに取り繕ったかのような笑顔を見せる。

 しかし、箸を持つ手が少し震えていた。


 一方の俺はそんな日和さんの表情よりも、「別に私は」の先に続く言葉が気になっていた。言い淀んだからには、何か俺に言いたくない何かがあるはず。


 普通に考えれば、俺に対する恥の感情が欠如していた?

 昨日のこともあり、距離感が狂ってしまったのかもしれない。

 

「まあ、とにかく好きでもない奴の弁当を作ってくるのは避けるべきだぜ~」

「……そうですね。一般的に考えればそうでした」


 日和さんは普段の落ち着きを取り戻したように見えた。

 元々、おちゃめな彼女だ。俺から受けた思いやりをきっちりと返すため、躍起になり過ぎていたのかもしれない。


「……ところで、鳥羽さん、親たちの件で試してみたいことがあるんです」

「何か作戦を思いついた?」

「はい、たった今」


 日和さんの瞳がキラキラしていた。

 ここまで美しい彼女の眼を見たことは無かった。それくらいのワクワクが彼女の様子から見てとれる。


「理想的なデートの追及…………そのためのデートを私たちで試してみたいんです!」


 

 

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