第16話 学校で話しかけてくる日和さん

 あの日曜日の後、日和さんとお母さんがどうなったのか、詳しくは分からない。

 俺から「どうだった?」と連絡するのは違うと思うし、日和さんからの連絡も無かったからだ。春子さんと仲睦まじく過ごしてくれたのなら、良いのだが。


 恐らく、そんなすぐに何かが変わるわけではないだろう。

 それでも、日和さんが親に対してちょっとでも言いたいことを言えるようになったのなら、良いと思う。


 そんなことを学校で自分の席に座りながら、思う。

 まだ人が少ない朝の教室。

 朝早めに来るのは俺の習慣だった。

 

 つまらない理由だが、たまに他のクラスメイトが俺の席に座って、近くの奴らと談笑していることがある。

 彼らに声をかけることがキツイ。早く来ているのは、それだけの情けない理由だ。


 そんな人がまばらな教室の中に、見なくても分かる輝きの少女が降りたつ。

 自然と視線がそちらへ向いたりはしない。不自然だし。


 俺と彼女、雲原日和さんとの学校での距離感なんてそんなもの。

 そこに喜びも、悲しさもない。

 そう思っていたのだが、綺麗な足音がこちらに迫ってきた。


「鳥羽さん。昨日はありがとうございます」


 日和さんの凛とした美声が俺の鼓膜を叩く。

 近くに来ただけではなくて、話しかけてきた。


 正直、トイレにでも行ってやり過ごしたい。けど、昨日のこととなれば無視なんてできない。日和さんを焚き付けたのは自分である以上、俺は彼女の話を聞く責任がある。


「いやいや、そんな感謝されるようなことじゃないよ」

「謙遜したくなるのは分かりますけど、私は鳥羽さんに感謝していますよ」


 日和さんの真っ直ぐな気持ちが籠っている瞳に見つめられる。

 何のおふざけもなく、落ち着き払ったその声は真剣そのもの。


「ど、どういたしまして……それでお母さんとはどうなったの?」

「お母さんには、もっと甘えて欲しいと言われました。なので、これからは……できる限り本音を言おうと思います」

「それは良かった」


 ちょっと予想と外れた。だが昨日も、言いたいことを一度言い出したら最後まで止まらなかったし、日和さんは元来そういう性格なのかもしれない。


「あと、もう一つ……鳥羽さんに謝りたいことがあるんです」

「謝りたいこと……?」

 

 日和さんは深刻な表情はしていないが、日和さんは借りを返すことについては余念がない。何か、昨日関連のことだろうか。


「鳥羽さん……昨日のお昼、どうしましたか? 多分、ご迷惑をおかけしたせいで、大したものを食べれていなかったんじゃないですか?」


 日和さんの優しいけど、鋭い指摘。

 確かに俺が昨日、昼食として食べたのは、自宅に置いてあったカップ麺だ。

 

「そうだけど……」

「……ですよね、申し訳ないです。ということで、お昼ご飯一緒に食べましょう。学食で一番いいものを奢ります」

「いやいやいや、大丈夫だよ。俺、弁当持って来てるから」


 弁当を持ってきているのは事実だが、家に帰って夕飯として食べても良かった。

 ただ、日和さんとご飯を一緒に食べるということは、それなりに人の目に触れるということで。


 勿論、このクラスには、日和さんと飯食ったくらいでいちゃもんをつけてくる奴がいないことは何となく分かっている。

 それでも、俺が日和さんと表で関わるのには抵抗感が……。


「断らないで欲しいです。これは私の感謝と謝罪の両方かねているので……」


 日和さんがちょっと悲しそうに瞳を伏せた。

 家族(仮)なんだから、そんなに気を遣わなくてもと、思う。

 だけど、俺なんかのためにそんな顔をされたら、より断れない。


「分かった。一緒にお昼を食べよう」

「ありがとうございます! では、お昼に!」


 日和さんが見たことのないような眩い笑顔を見せ、去って行った。

 本気で嬉しいのか、日和さんの足取りが軽く見えた。


☆ ☆ ☆


 日和さんが俺とお昼を一緒に食べるという話は、彼女の友人たちにも伝わった。

 どうやら、一対一で食べるらしく友人たちはついて来ないようだ。

 彼女らは驚いていたが、それだけだった。


 でも、内心では……と思うのは被害妄想っぽい。

 それは分かっているがどうしても考えてしまうのだ。


「食堂でも、絶対に注目されるよな……」

 

 そんな中で果たして昼食を落ち着いて食べれるのだろうか。

 日和さんには悪いが、こればっかりは俺の性格。どうしても緊張が止まらない。


「独り言か、自由律俳句か。どっちだ?」


 そう答えるのはお手洗いついでに俺の席に寄って来た赤肉丸雄だ。


「どうして自由律俳句だと思うんだよ」

「近く文芸部は俳句大会に出ようと思っていたからだ。参考にできるやもしれぬと」


 絶対にならないだろ、馬鹿にしてるのか? というツッコミは置いておく。


「それはさておき。雲原殿と共に食事をすることに、緊張しているのなら、共通の友人を連れて行けばいいのではないか。我は好かんが」

「なるほど。その手が……」


 日和さんと共通の友人となると、一人しかいない。

 俺の幼馴染で変人の宝谷麻衣だ。

 確かに麻衣だったら、緊張を吹き飛ばしてくれるはずだ。

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