第13話 「分かるよ」くらいは言いたい
麻衣の言葉を聞いた俺は、地図アプリを開いて日和さんが行きそうな場所、いや、過去の自分が行きそうな場所が近くにないか、探してみることにした。
多分、知り合いに会わないような場所。
日和さんの家の近くには、緑地保全地域というものがあるらしい。画像を見る限り、小さな森だ。
用事が無ければいかないような場所。
暇な人が散歩している可能性はありそうだけど……。
そこに日和さんがいるのでは、と思い足を向かわせる。
遊歩道の入り口を見つけ中へと入っていく。
ところどころに春の彩を感じる。新緑が少しずつ土を覆っているからだ。
土を踏みしめていくと、休憩スペースのような場所を見つける。
ベンチに座っていたのはクラスの美少女、
春の陽射しが葉の間を抜けて、細い光の道が日和さんを照らしている。絵になる光景だけど、その木漏れ日の中にいる彼女は落ち込んでいるように見えた。いつもクラスで、柔らかな笑顔を振り撒いている日和さんとは纏う雰囲気が違う。
ここに来るまで、見かけたらなんて声をかけようかと悩んでいた。だけど、その言葉は自然と溢れ出た。
「ねえ、雲原さん。その格好寒くない?」
「……鳥羽さん? なんでここに……」
「それは後から説明するけど……とにかくその格好寒くない?」
だって、まだ春の肌寒い季節にショートパンツなんて履いているからだ。上半身はアウターを羽織っているが、脚が絶対に寒そうだった。
「? はい……ちょっと寒いですけど……」
いきなり現れた冴えない男子の言葉に理解が追いついていない。
それでも気になるからしょうがないのだ。
俺は来ていたパーカーを脱いで、日和さんの膝にかけた。
親同士が付き合っているだけの関係な男が、やっていいことでは無かったのかもしれない。だけど、ここから少し話すことになるのだ。しかも、俺の勝手で。
俺の行動に日和さん困ったように眉を寄せていた。
「ええと……これは……」
「疑似ひざ掛けです……お節介だったらすいません……」
「そ、そうでしたか……ありがとうございます」
互いに沈黙。
日和さんはこの状況に対する困惑とドタキャンへの罪悪感。俺も俺で何を言ったらいいか悩んでいる。
父さんと別れたばかりの電車の中では、日和さんに謝ろうと考えていた。
でも、春子さんの様子、麻衣との電話。
その二つを経て、謝ったら何一つ解決しないと思った。
多分、俺が謝ったら、日和さんはもっと自分に責任を感じてしまう。
俺が至らないからこうなってしまったのはある。けど、謝ったところで自己満足にしかならない。
だから、口から飛び出たのは、俺たちの根底にあるはずの気持ちだ。
「雲原さん……ってお母さんのこと、好き?」
「……そんなの当たり前じゃないですか」
そう言う日和さんは疲れた笑みを浮かべた。
果たして好きな人を語る際に、人間はそんな顔をするのだろうか。
「そうかな、俺はそんな簡単に「好き」とは言えないかな」
「……そうなん……ですか。正直、意外です」
暗い表情の日和さんの様子だが、その表情には少しだけ驚きが混じっている。
まあ、それもそうだ。好きでもない相手に、再婚させるためのお節介を焼くなんて、おかしな話でもある。
「家族に向ける感情って「好き」とかじゃなくない? そんな一言で済むようなことじゃないと思うんだよ。一緒にいればいるほど、良いところも悪いところも見えてくるし……それが二人だけしかいないなら、尚更だよ。雲原さんはどう?」
日和さんはハッとしたように顔を上げた。
そして、それを後悔したかのように、すぐに視線を下げた。
「……一つ聞いても良いですか?」
「どうぞ、何でも聞いて」
木漏れ日の合間を鳥たちがちゅんちゅんと話しながら飛んでいる。
「……どうして私にそんなことを話したんですか? 少なくとも私は母のこと、誰かに語る時は「好き」以外言うことができません……だって、そうじゃなかった変でしょうから」
そう語った日和さんは不器用に笑っていた。
その顔を見ていると、ある感情が湧き上がっている。
「もっと自分に素直になって欲しいんだよ…………少なくとも俺の前では」
「……俺の前では? 随分とギザなことですね」
日和さんは俺の言葉に対して眉を寄せた。
彼女にとって俺は【親を早く再婚させる】ためだけの関係性に過ぎないのだ。そんな相手を信用しろと言いたいわけではなかった。
ただ、俺が言いたかったのは。
「俺たちは人生の何処かで片方の親を失っている。そのせいで、他の人が味わっていないような辛い思いもしてきた。俺と雲原さんで味わってきたものは違うと思うけど、それでも……『分かるよ』くらいは言いたいんだ」
俺なんかに日和さんが抱えていることの本質的な解決なんてできない。
だけど、「分かるよ」くらいの共感なら出来ると、己に言い聞かせる。
遠くを見つめていた日和さんは、そのまま表情を変えずにボソッと呟いた。
「正直になってもいいのかな……」
「何言ったっていいよ。それで俺が雲原さんへの見方が変わったりしないから」
鳥の鳴き声が一瞬だけ止んだ。
彼女は一度意を決したように目を閉じて、開いた。
「……鳥羽さんと同じで、母に対する感情は複雑です」
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