第10話 二つ目の作戦

「もしかして、鳥羽くん……学校で何か用事がありました?」


 そう語るのは、我が家のソファに座る日和さん。

 最近は三人掛けのソファの端っこに座る様に見慣れてきた。気を抜いてくれないのか、そういう性格なのか、背筋はいつ見てもピンとしている。

 今日も今日とて、親同士が会いやすくなるための作戦を続けているから、彼女はこの家にいる。


「……分かるんだ」

「それは、何となく。学校で私の席に近づこうとしたのが見えたので」


 話しかけられなくて帰った、なんて恥ずかしくて言えたものじゃなかった。

 かと言って、黙るわけにもいかない。


「いや、他の用事を思い出してさ」

「別にそんな緊張する必要なんてないですよ。言いたいことがあるなら、学校でも言いに来てください」


 嘘だと断定したのか、俺の言い分を気にしない日和さん。

 彼女にとっては普通のことで、当たり前のことを言っただけなのだろう。


「次は頑張ります……」

「是非そうしてください。それで、私への用事って何だったんですか?」


 先週末に日和さんの母、春子さんが家に来たこと。そして、手土産だけを置き、帰っていったことを話した。

 

「え、帰ったんですか? 家に上がったりもせずに」

「五分だけ立ち話をして帰ったよ」


 日和さんは唖然とした顔でため息を吐いた。


「……子どものことは子どものことだと、割り切ってるんですかね?」

「分からない。何が駄目だったんだろう……?」


 そう言われて日和さんは考える素振りを見せる。

 俺も考えるが、二人揃って考え込んでしまう。


「今の作戦以外に何か仕掛けてみます?」


 日和さんは自分で買ってきていたスナック菓子を割りばしで食べた。

 こういう関係性にならなければ知らなかった彼女の一面。手を汚したくないと本人は以前に言っていた。器用な箸使いに自然と視線が向いてしまう。


「家に行くって言うことがあまり効果的じゃなかったってことだし、それもいいかもしれない。何か具体案はあるの?」

「いえ……今、考えているところです」


 考えながら箸でスナック菓子をパクパク食べていく。

 俺も一つ食べてみる。思ったよりも辛さがあって、美味しい。


「個人的な印象だけど、親たちっていつも俺たち優先で動くじゃん」

「……一般的な親はそうなんだと思います」


 日和さんの表情はいつもと変わらないが、何か引っかかる言い方だった。

 春子さんと日和さんの父親が離別した理由を俺は知らないけど、親のことについては何かしら思うことがあるのだろう。

 俺だってそうだが、無理に語り合うことでもない。そもそも、そこまで突っ込めるような関係ではなかった。


「だからさ、子どものことを一切気にしないで、二人っきりで過ごせるようにしてもらったらどうだろう?」

「……でも、仮に私たちのことを全く気にしなくても良い日が出来たとして、あの二人がちゃんとデートをしますかね?」


 しなさそうだ。

 そもそも二人が会う口実を作るために日和さんに家に来てもらっていたのに、それが通じなかったのだ。


「……確かに、父さんは『いや、春子さんにだって用事があるから……』とか、言い訳して会いに行かなそう」 

「同感です。お母さんも『きゅ、急に会うなんて心臓が持たない!』とか言ってるのが目に浮かびますよ……」


 想像でも親たちの奥手過ぎる様子に、目を見合して俺たちは笑った。

 

「ふふっ……それで、どうしましょうか? やっぱり強制的に二人を会わせるような口実を考えなくちゃいけませんよね」


 にこやかな顔を見せる日和さんの言葉に頷く。

 そこで、俺は一つ案を思いついた。


「親の気持ちを利用するのはどう?」

「というと?」

「俺たちが親を連れ出すんだよ。例えば、外食に行きたいとか、で」


 親という性質を利用した形。

 親が俺たちを優先するというのなら、それを利用して親を動かす。


「それで、俺たちで親たちを偶然を装って会わせるんだよ。そんでもって、俺たちは『二人で遊びたくなって』とか何でも言って帰っちゃえばいい」

 

 そうすれば親たちは俺たちが二人で遊んでると思うから、特にこちらのことを気にしないで済むはずだ。


 我ながら良い案ではないかと思ったが、日和さんはすぐに返事をしてくれない。何か悩んでいるように瞳をふせていた。


「…………確かに、これなら二人がデートに行かない理由はないですね。子どもたちの手前もありますし。今週末、それで行きましょうか」

「本当にそれで良い? 予定とかあるなら、別日でも……」

「いえ、問題ないです。やりましょう! 早く再婚させるために」


 食い気味で、不自然にテンション高くやる気を示した日和さん。

 いつもとは違う様子に不安を感じながらも、俺はやることを決めた。

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