第9話 学校だと話しかけられない

 日和さんが帰ってから、俺は彼女が渡してきた紙袋の中身を確認した。

 入っていたのはクッキーの缶、暖色系の綺麗な外装が特徴だった。


 そこら辺のスーパーには売っていなさそう。

 どこかで見たことがある気がしたので、写真を撮って画像検索した。

 すると、販売会社のホームページに辿り着く。やっぱりちゃんとした会社のクッキー缶だった。


 ふと、ホームページ内の店舗一覧をタップする。


「……すれ違ったりしてたのかな」


 思わずに口に出てしまった独り言に、本を読んでいた父が顔を向ける。


「なんか言ったか?」

「いや、何でもないよ」


 素直に父親に何があったのか告げても良かったが、小恥ずかしかった。

 だって、同じ百貨店で互いに渡すためのものを買っているなんて。


☆ ☆ ☆


 日和さんが家へ遊びに来始めて数日、その週の日曜日に春子さんがやってきた。

 これを待っていた。春子さんと父の会話に聞き耳を立てる。


「ず、随分と娘が、彰くんと仲良くしているようで……お、お世話になってま、す」

「い、い、いや、こちらこそです。む、息子も楽しんでいるよう、で、ですし」


 本当に子どもがいないところでも、しどろもどろに話すんだ……。

 よくこれで交際関係まで持っていけたな、と感心してしまう。


「こ、これお土産です。彰くんと一緒に、食べてくださいっ!」

「ぜ、ぜひそうします……それでは、また今度、ご、ご飯行きましょう」

「……は、はい。待ってます。また」


 玄関のドアが閉まる音が聞こえた。

 子どもがこれだけ家に行ってるのに、遠慮しているのか。

 それともはたまた、好き合っている異性の家に行くことに緊張しているのか。


 ……後者なんだろうなあ、と思い、一人自分の部屋で嘆息を吐く。

 このことをすぐ、日和さんに報告しようと思ったが、今日の彼女は友人と出かけていると聞いていた。だから、連絡をするのは迷惑だろうと後回しにしてしまった。


☆ ☆ ☆


「あっ」


 学校でふと気づいた。

 昨日のことを話していないことに。


「どうした、急に変な声を上げて、発情期か?」


 そう返事を返すのは友人の赤肉丸雄あかにくまるおだ。ぽっちゃりしてそうな名前ではあるものの、細身な筋肉質だ。そのくせ文芸部部長。

 話や気質が会うから一緒にいることが多い。


「丸雄は発情したら声を上げるタイプなの?」

「上げます」

「上げるんだ……」


 気持ち悪いなコイツ……と思いながらも、こうやって馬鹿みたいな会話をできる相手は貴重だったりする。嫌いではない。


「それで何の声だ? 日常の発見に驚くタイプでもないだろうに」

「……いや、それが日常の発見かもしれない」

「ほう。して、それは一体」


 丸雄に話すかどうか若干迷う。

 誰かに話したことを洩らすタイプではないけど、あくまで俺と日和さんだけが抱えている家庭の問題だ。誤魔化そう……。


「雲原さんに伝えたいことがあるんだけど、俺が話に行くのはハードルが高いなって」


 日和さんの方を見ると何人もの女子に囲まれて、何やら雑談をしている。

 その中には俺の幼馴染の宝谷麻衣の姿も勿論ある。

 どう考えても人気者の彼女に話しかける自信はない。

 

「雲原殿は誰にも偏見なく接してくれるぞ。それは周知の事実のはず」

「分かってるけど……どうしても無理なんだよな」


 特別な人間に対しては、どうにも話しかけづらい。

 特別だと認識しなければいいだけではある。実際、一対一なら問題なく話せる。

 ただ、ああやって、日和さんは沢山の人に囲まれているだけの理由がある特別な人なんだと思ってしまう。自分程度が関わるべきじゃないだろうと。


 思わず嘆息を吐いた。

 そんな時、俺の机に置いてあったシャーペンを奪い去る丸雄。


「これを取り返したいのなら、つべこべ言わず雲原殿に話しかけに行ってこい」

「ええ……、行かなきゃダメ?」

「駄目だな」

「はあ、じゃあ行くだけ行ってくるよ」


 俺は席を立ちあがり、日和さんがいる方へと向かう。

 しかし、近づくにつれて足取りが重くなる。

 わいわいがやがやと話している声が突き刺さってくる。


 やっぱり駄目だ。

 どうしても彼女に話しかけるだけの価値を自分に見いだせない。


 とぼとぼと日和さんに背を向け自席に帰ろうとした。

 そうするとぬるっと俺に前に現れる、頭髪が赤青で分かたれた女子、宝谷麻衣だ。


「どした~、日和ちゃそに用事か~」

「まあ、そんな感じ。でも、やっぱり話しかけられなくて……」

「なるほどだぜ~。ま、いつものよな~」


 麻衣は幼馴染だから、俺の自信が無さすぎることを理解している。

 コイツもコイツで特別な奴だが、変な奴なので俺のセンサーは働かない。


「用事があるなら、アタシが伝えておくぜ~」

「……いや、良い。後でアプリを使って伝えるからさ」

「了解だぜ~」


 それだけ会話を済まして麻衣は日和さんの元へと帰って行った。


 親たちのこと言えないかもなあ、と思う。

 そして諦めた俺は、メッセージアプリに昨日のことを書きこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る