第6話 恥ずかしいことも言う

「それにしても、ほんっっとうに苦みが強いですね……」


 恨めしそうな目でコーヒーを見つめている日和さん。飲むとそんな感じで、憎たらしくなってくるのは分かる。


「父さんは苦み強いのが好きなんだ。だから家で作ったコーヒーは飲みたくない」

「そうでしたか、母に伝えておきます……ってまさか」


 何かに気づいた日和さんは、俺のことをじっーと見つめる。光の加減か色素が薄く見える彼女の瞳は何かもの言いたげだった。


「だって雲原さん、俺がコーヒーが苦いって言ったとき、ニヤッとしたでしょ?」

「……その意趣返しってわけですか。確かにニヤッとしましたけど」


 悔しそうに眉を寄せる日和さん。

 そういえば、この間も意趣返しって言葉を使っていたなと思い起こす。

 これも彼女なりに場を盛り上げようとする処世術の一部なのか。それとも、本来のおちゃめさなのか。


「お口直しにデザート食べる?」

「あるならいただきますよ」


 日和さんの前に置いたのはプリンだった。

 彼女がこれを好きかどうかは分からない。けど、そんなに好き嫌いのある食べ物でもないと思うので買って来た。


「これ随分良い容器に入ってますね。どこで買って来たんですか?」


 そこらへんのコンビニに売っているようなプラスチックのケースではなく、ガラスの容器に入っている。そして、濃いめの生地が美味しそうで高級感がある。


「数駅先の百貨店で、帰りがけに買って来た」

「そこまで気を遣わなくても……」


 俺がわざわざ百貨店に行ってきたことに対して申し訳なく思っているのだろうか。確かに自分でもそこまでされたら、気を遣わせたと考えるかもしれない。


 自分たちは友人でも何でもない、ただ親同士が再婚しそうなだけの関係性。互いに知っていることが少ないからこそ、気の遣い合いが発生する。

 けど、将来的に兄弟になるのかもしれないなら、そんな関係性は適切じゃないような気がするから。


 だから、恥ずかしいけど言わなきゃいけない。


「気遣いとかじゃなくて、俺がただ単純に雲原さんと良好な関係を築きたいからってだけだよ。そのためにはそれなりの行動で示さなきゃいけないと思うから」

「それを気遣いと言うのではないでしょうか……まあ、でも気遣いだと思われたくないのなら、そう思わないことにします」


 ちょっと呆れたような表情で日和さん。

 でも、口の端が少しだけ上がっているような気がした。だから、この言い訳が悪手でないことだけは分かった。


「では、遠慮なくいただきますね」


 日和さんは容器の蓋を開けて、黄色い海にスプーンを溺れさせる。

 再び上がってきた輝く塊が、彼女の口へと運ばれた。


「美味しいです。甘さも程よくてシンプルな味わいが良いですね。ありがとうございます、買ってきてくれて」

「俺も喜んでくれて嬉しいよ」


 パクパクと食べてくれていて、気に入ってくれたのが分かる。

 俺もプリンを食べ出す。どこかで食べたことがある味だ。


 百貨店なんて行ったのはいつぶりだったかと食べながら考える。

 恐らくは父と母が離婚する前だったはずだ。

 そもそも、父さんは百貨店に行くタイプではないし、母さんが隣を歩いているのが記憶にあるからだ。

 恐らく、このプリンは無意識のうちに過去の経験から選んでしまったのだろう。

 

 この座っているソファも、食べているプリンも母親が過去に残していったもの。

 過去の家族から得たものが、新しく家族になるかもしれない人を喜ばしている。この状況がなんだか不思議だった。


「ごちそうさまでした。それで今日は何をするか決まっていますか?」

「うーん、悩んでいるんだよね……」


 互いの趣味嗜好が分からない以上、どう遊ぶか(別に遊ばなくてもいいけど)、何をすべきかはずっと悩んでいた。


「迷っているようなら、これを使って遊んでみませんか?」


 日和さんが自身のカバンから取り出したのは、トランプを収納するような長方形のケース。ケースを開けると、文字が書かれたカードたちが机の上に散らばった。


「何かのボードゲーム?」

「母の職場で使っていると聞いた自己紹介用のボードゲームです。とりあえず、文字を見ないようにして裏返しておきましょうか」


 言われた通りになるべく文字を見ないようにして、カードを裏返していく。

 ただ、どうしても目に映る文字から、ある程度内容は想像できる。


「簡単に説明すると、このカードには質問が書いてあります。じゃんけんに負けた人が、このカードを一枚選んで、そこに書いてある内容に答えるものです。勝った人はその質問内容を予想します」

「なるほど。塾で生徒と講師が初めて会ったときに使う感じかな?」

「そう……だと思います。とりあえず一回やってみましょうか。いきますよ――最初はグー、じゃんけん、ポン」


 俺はパーを出して、日和さんはグーを出していた。

 負けた彼女はカードを一枚開けて確認。

 ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめたあとに、コホンと息をついて答えた。


「あ、朝になると、上下が逆さまになったりしてます……」

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