第4話 玄関トラップ
日和さんがやってくるのが決まったのは、昨日のこと。
ネットでブログを見ていたところだった。
紹介された夜に向こうから連絡が来た。
『さっきぶりです。もう寝てますか?』
と画面に表示された通知をタッチしてメッセージアプリへと移る。
送信相手は【ぴよぴよひより】さん、つまり日和さんだ。
『起きてる。今スマホをいじっていたところ』
素直に現在の状況を送った。
『そうでしたか。ちゃんと勉強もしてくださいよ』
ちょっとだけ胸が痛くなる言葉に対して、俺は傷ついて泣いている謎スライムのスタンプを送る。
『それはさておき、お母さんたちの関係性を縮められるアイデアはありますか?』
無視される前提のスタンプだったけど、本当に無視されるんだ……。
そんなことよりも親をどうやって小学生レベルの恋愛から中学生レベルの恋愛まで持って行くかだ。
『映画でも見に行かせる、とか?』
ごくごく一般的というか、最早テンプレ的なアレではあるが、チケットを渡してデートさせるヤツだ。
『でも、それくらいのデート、大人なら既にしていると思いますよ』
思いつきで答えたせいかすぐに穴を突かれた。
確かに俺が知るかぎり何回かは一緒に出掛けている。その上であの小学生レベルの恋愛なのだ。何か別のアプローチがいるはず……。
考え込んでいると、日和さんからの連投。
『思うにあの二人には慣れが足りないと思います』
『例えどんなに惚れ込んでいる相手だって、それが何十年も連れ添った人なら、あそこまで照れたりはしないはずです』
『だから、二人が沢山会いに行けるような状況を構築するのはどうでしょうか?』
日和さんの分析は的を得ている気がした。
世の中の不埒な輩は、カノジョ/カレシに飽きたからと浮気する人もいる(俺の母親もそれに近いとは思う)。
時間が過ぎるに連れて、気持ちが落ち着くというのはありそうな展開。
『何となく分かる。だけどその状況をどう作り出すのかが問題だよね』
『そうなんですよね』
そこで、やり取りが停止してしまった。
大人の男女がデートという目的以外で出会う理由付け。仕事もあるのに、簡単に会えるようになれる状況。
考えている最中に新たなメッセージが飛んでくる。
『強制的とかでも良いかもしれませんね』
『というと?』
『さっきの映画のチケットみたいな、行かないとマズい状況に近いものです』
会う回数を増やすためならって意味でかな。極端に言えば日和のお母さん、春子さんに何かやらかした父が謝りに行くとかでも良いのか。
流石に行きすぎな考えではあるけど……、その方向性で何かないか。
ふと頭に過去の光景がよぎった。
小学生の頃。あの変人女、宝谷麻衣が大事なプリントを俺の家に置いて行ったことがあった。その時、車で麻衣の母親が取りに来たことがあったのだ。
別にそれ自体がどうこうということではないけど、子ども同士の関係が親同士の関係に影響を与えることがあるはず。だったら――。
『日和さんが嫌なら断っても欲しいんだけど、互いの家に俺たちが行き来するのはどうかな? 高頻度で行き来してれば、親たちは互いに迷惑をかけていると思って、埋め合わせをしようとするんじゃないか?』
と、俺は、日和さんに提案したのだ。
☆ ☆ ☆
自分でも悪くない考えではあると思う。
だけど、日和さんが乗ってくるかどうかは微妙だった。
異性の家に行くことに対する警戒心だったり、不安感がある人は多いはず。
正直、俺もそうだ。多分、日和さんもそうだと思う。
だけど、日和さんは『いいですね。親同士が私たちを口実にして、会いやすくなってくれると思います』との返信を送ってくれたのだ。
互いのことなんてほとんど何も知らないけど、親を想う気持ちが同じ方向に向いているのは確かなんだろう。
それでもやっぱり緊張する。
日和さんが来るまであと十分もないけど、リビングと自室の掃除を繰り返してしまう。とにかく日和さんが不快だと思ってしまう空間では駄目だから。
すきまのほこりを取っていると家のチャイムが鳴った。
一応鏡で自分の身だしなみを確認してから、玄関の扉を開ける。
「はーい。学校ぶりだね、雲原さん」
学校から直で来ているから、今日の日和さんは制服姿だ。
見慣れたクラスメイトの格好だけど、自宅では決して見ることが無かったものでもある。
「学校ぶりです、鳥羽さん。これ、つまらないものですか……」
そう言って日和さんは持っていた紙袋を手渡した。
わざわざ遊びに来ただけなのに、随分丁寧なことだと思った。
「じゃあ、入ってくれ」
「は、はい。お邪魔します」
日和さんが玄関へと足を踏み出す。
だけど、このアパート特有のちょっと危険な仕様があるのを忘れていた。
何故か知らないけど、玄関に二重の段差があるのだ。
一段眼を躱したつもりでも二段目に引っかかってしまう。
俺は慣れ過ぎて、気にしていなかったが日和さんはそうじゃない。
だから、態勢を崩しかかっていた日和さんの腕をとっさに引いた。
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