第18話 唖然とする勇者
不完全燃焼のもやもやを抱えながらも、宿へと戻っていった。
「何を話していたんだ?」
「今後の事についてだ。今なら無条件で解放してやるから、逃げたければ逃げろ、とな」
やはりそうか。どう伝えるべきか思案あぐねいているところに助け舟を出してくれるのは本当にありがたい。そしてつくづく闘う以外に能のない男だなと実感する。
「ラスキャブの反応は?」
「私はラスキャブの怯えるか驚く以外の反応を見た事がない」
「まあ、出会って三日も立っていないんだから無理もない」
「…ここで別れることを思い立つのならば、何故ラスキャブを引き入れたのだ? 召喚士という職の戦術的価値だけだとは到底思えないのだが?」
「それは…」
結局、自問自答も正解が出ず仕舞いだった。だからオレには正直に胸の内をいう他ない。
「それはオレも自分に聞きたい質問だな」
◇
部屋へ戻ると青い顔をしたラスキャブが待っていた。まるで刑を執行される手前の死刑囚のような出で立ちだった。
「ルージュから大まかな話は聞いた。オレも同じ意見と思ってくれていい。オレの思い付きに付き合わせて悪かった。これからの事はお前の判断に委ねる」
そういうとラスキャブはきっとオレ達二人を見据えた。その瞳に宿っている確かな気迫に少々驚いてしまった。そして言った。
「ワタシは…お二人について行きたいです」
「「…え?」」
思わず二人で声を重ねてしまった。あり得ないと思っていた答えだったからだ。
「き、記憶がぼんやりとしたまま、あの森にいるのは怖かったですし、不安でしたし、寂しかったです…お二人と一緒にいるのも怖いですし、不安な事も多いですけど、でも、ずっと一人でいるよりも安心しましたし、楽しいなとも思ってました」
「…」
「い、今すぐというのはむ、む、難しいですけど、絶対にお役に立って見せます。だから、お願いします。ワタシも連れて行ってください。もう、一人ぼっちは嫌です…」
危険が伴うとか、魔王に挑むというような脅し文句がいくつも頭に浮かんだが、それを口にすることはしなかった。覚悟ある申し出には、こっちも覚悟をもって応えなければ無礼だ。
チラリと目を合わせたルージュも黙って頷き、ラスキャブに近づいた。
「よく分かった。それならばお前は我らの正式なパーティだ。我らに従う者には絶対の庇護を約束しよう」
「あ、ありがとうございます…」
こうして新生したパーティに一番目の仲間が加わった。正直、このまま分かれてもいいと強がりを通していたが、実際問題彼女の持つ召喚術は旅の序盤ではとても頼りになる。戦闘においては問題はないとはいえ、それだけでは立ち行かない問題は数が多い。
話が上手く纏まろうとしていた。だが、そうは行かなかった。
恐る恐る手を挙げたラスキャブが、いかにも申し訳なさそうに言う。
「と、ところで。言い忘れていたと言いますか、言うタイミングがなかったことがありまして…」
「なんだ?」
「あの、ワタシ…『召喚士』というヤツではないんです、多分…」
オレは耳を疑った。前に戦ったクローグレは幻覚などではないし、実物を操作していた訳でもないはずだ。召喚したのでないのなら一体何だったというのか。
「どういう事だ?」
ラスキャブはやはり申し訳なさそうに答えた。
「以前、ご主人様がルージュ様に召喚士とは何たるかを説明していたと思うんですが…」
ご主人様などという全身の毛穴が痒くなるような呼び方についてはこの際置いておくことにした。
ラスキャブの言う通り、確かに召喚士の特性と重要性を道すがらルージュに説明していた事を思い出す。すぐ後ろを歩いていたラスキャブの耳に届いていたとしても何ら不思議はない。
「あの時の説明を聞いて思ったんですが、ワタシの魔法とは大分勝手が違うなぁと」
「どう違うと?」
「な、何と言いますか…そもそもワタシの魔法の元は契約ではなくて、ただの死体でいいんです」
「死体だと?」
契約によらず、死体を使い、かつ例のクローグレのような実体のある存在を操る魔法となると答えは絞られる。が、すぐにオレの中の常識的な考えがそれを否定する。いつかどこかで聞いた寝物語にすぎないはずだ。だが、自分の口は思わず頭に過ぎった単語を吐露してしまった。
「まさか…『屍術師』?」
「「シジュツシ?」」
耳慣れない言葉を聞いた二人が声を揃えて聞いてきた。とは言ってもオレが知っているのも精々おとぎ話のような情報しかない。
「いや、今のラスキャブの死体を使った魔術と聞いて、ふとそう思ったんだ」
「その屍術師というものは、それほど驚くべき職なのか?」
「仮に本物なら驚くべき、なんて言葉じゃ言い足りない程のものだ。召喚術師は魔獣の残留思念に魔力を注ぎ込んで言わば仮初の肉体を与えるが、屍術師は本物の肉体を使う」
「それでは、結局肉体を与えて操る事には変わらないのではないか?」
「召喚獣は所詮は実態のある幻のようなものだ、案外脆いし、魔力の影響も受けやすい。何よりも召喚士とは切っても切り離せない。だが屍術で使役される獣は不完全ながらも蘇生された存在だ。場合によっては意思を持たせることもできると言われている」
かつて魔王城に辿り着くまでに世界中を旅してまわった。その中で何とか屍術師は実在しているという証拠を見つけたのが精一杯で、ついに屍術師そのものには会うことが叶わなかったことを思い出していた。
ただ、そんな感傷に浸るよりも何よりもラスキャブの言い分の真偽を測らねばならない。
「ラスキャブ、自分の感覚ではどんな死体でも術が施せるのか?」
「は、はい。とは言っても色々試したことはないんですが」
「なら試してみるのが手っ取り早いな」
オレはそう言ってルージュを見た。ルージュはキョロキョロと辺りを見回したと思ったら、右腕を横薙ぎに一度払った。すると机の上には真っ二つにされた蝿の死骸がポトリと落ちていたのだった。
「これにお前の術とやらを試せるか?」
「や、やってみます」
と、ラスキャブは気合十分に試した。が、それは呆気ないほど簡単に成功した。
確かに死んでいた蝿が蘇り、オレ達の頭上を再び飛び回り出したのである。
「少なくともオレの知識じゃ、これは屍術じゃないと否定する論拠は示せないな」
「この蝿は今ラスキャブが操っているのか?」
「は、はい。とりあえずは」
「ならば、主が言っていたように意思を持たせられるかどうか試してみろ」
「やってみます」
ラスキャブは目を瞑り、うんうんと唸り始めた。すると規則正しく円を描いて飛んでいた蝿が不規則な動きに変わった。オレもルージュも、ただただ黙って蝿の軌道を目で追っているだけだった。
が、次の瞬間。オレ達三人は思考が止まった。
ドアの方へと飛んでいった蝿が、まるで砲弾が当たったかのように戸を吹き飛ばし廊下へと出て行った。
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