第17話 説得する剣と瞑想する勇者

 ◆


 主はえらく神妙な面持ちで何かを考えているようだった。と言っても、目線の先にラスキャブがいるので、つまりは彼女に対しての事なのだろう。


 ともすれば、この先の旅路に信念も目的もないラスキャブを悪戯に連れまわすのは如何なものか、などという不毛な考えを巡らしているに違いあるまい。


 主の中に妙な優しさというか不合理さが垣間見える時がある。


 それが発露するきっかけは何なのだろうか。判断をするには主のことを知らなすぎる。共に理解を深めるという意味でも、やはり噂の真相を確かめに迂回するというのは賛成だった。


 考えることは他にもあるが、まずはラスキャブの問題を片付けることにしよう。


 私は不服ながら主に部屋を出ていてもらうように頼むことにした。


「主よ。ラスキャブと二人で話したいことがある。すまぬが席を外してもらえないだろうか」

「え?」


 急に名前が出てきたラスキャブがそんな声を出した。


 私の考えていることまでは伝わらなくとも何かしらの意図があることは分かったようで、特に反論することもなく出て行ってくれた。主が出て行ったのを見届けると、私はラスキャブの隣に腰を掛けた。


「さて、お前に聞きたいことがある」

「な、何でしょうか?」

「そう強張るな…と言っても無理だろうな。主も私もお前の目にはさぞ恐ろしく映っているだろう? そんなお前をこれから連れまわすのはどうか、と主は考えている。お前の召喚士…と言ったか? その術の利用価値だけで我らはお前を共に連れているに過ぎん。端的に言えば、恐怖で従わせているだけではこの先の旅についてこれなくなるだろうと主は懸念しているのだ」

「…」

「まったく魔族相手にそんな心配をする必要もないし、そもそもそんな事を考えるのであれば始めから共連れになど引き入れなければよいものを…表には出さぬが、魔王と闘いたいばかりに気持ちが急いているのだろうな。気持ちは痛い程分かるが、物には段取りというものがある」

「つまりワタシはここで捨てられるということでしょうか? そ、そ、それとも殺、殺され」

「そう言っているのではない。今ならお前を失っても我らにとって損害が最小限なだけだ。恐怖支配は瓦解し易いから、これから先、主はある意味対等な関係……言うなればそう、一つのパーティを組むことを望んでいる。奴隷や家来などではなく、仲間を欲している。だが、我らとお前の関係はそうではない。主はきっとお前を開放するだろう。その後、何処へ行くとしても我らは関与はしない。だが、主はお前が仲間として同行してくれるというのであれば拒むこともない。寧ろ喜ぶだろう。単純にお前の意思を確認したいだけだ」


 と、言ってはみたが無理だろうなと諦めもしていた。


 ラスキャブにとって見れば、我らに同行すべき理由が一つもない。私がラスキャブの立場であればついて行くことは考えもしない。急にそんな事を言われて猜疑心は払えぬだろうが、本当に何もせずに旅立ってしまえばその内に嫌でも納得するだろう。


 大局に拘り、小局を見誤ったツケと考えれば安いものだ。私も、主も今回の事で落ち着きを取り戻すことができた。今後もラスキャブの事を引き合いに出せば、多少なり頭を冷やすことができるはずだ。そういう意味では、彼女は大いに役に立ってくれたと言ってもいいだろう。


 私は立ち上がり、主を呼びにいった。


「お前の考えを主に伝えろ。どんな答えだろうが、私が誓って命の保証をする」


 ◆


 ルージュに何か考えがあると見えて一旦部屋を出た。


 別段やることもないので、昨晩ルージュと降りた宿の裏手にもう一度行ってみることにした。暑すぎず、寒すぎず丁度いい日差しの中に木々の香が漂っていた。


 垣を隔てた向こう側は往来がありそこそこ賑わっていたが、このスペースには他にも誰もいなかった。ここは宿屋の敷地であり、通常はこんな時間に訪れる輩はいないだろうから当然と言えば当然だ。


 昨日と同じ場所に腰かけると、ぼおっと空と雲の流れを見る。


 その時、一羽の鳥がオレと空との間を飛んでいった。その鳥の飛行する速さと雲のたゆたう速さの違いに、オレはつい自分の心を重ねてしまった。


 自分でも急いている事は気が付いているのだが、どうにもならないことばかりだ。平然を心掛けているが、皮を一枚めくれば魔王やあいつらへの怒りが煮えくり返っているのだから。


 そんな言い訳をする。坂道を転がり落ちる石が自分では止まれないのと似ていると思った。それでも幸運なのは、止めてくれる奴が居てくれることなのは言うまでもない事だ。


 聡いルージュの事だから、オレの悩んでいた事などお見通しなのだろう。ラスキャブと二人きりで残ったのが良い証拠だ。


 頭に隙間を作れたオレは、何故あの森でラスキャブを誘ったのか自問してみる。戦力的な意味は勿論あるのだが改めて自分を客観視してみると、いくらなんでも素性の分からない魔族を傍に置くなど短絡的過ぎると思う。危険はないと直感で判断していたが、それでもリスクと得られるメリットが釣り合ってはいない。


 冷静に分析はできるくせに、オレは自分の真意が分からないでいた。


 思えばかつてのパーティでも似た様な事があったのを思い出す。あの時も旅の随所々々で誰かしらを助けては、あいつらに迷惑を掛けたり、反対に恩返しなどしてもらって助かったこともあった。だが、困っている奴を見過ごせない性分なのかと言えば、決してそうではないと自己分析する。


 自分で言うと烏滸がましくも聞こえるが、それでも今までの間に結構な数の人を助けてきた自負はある。けれど助けなかった奴等も数多い。


 …思い出してみろ。


 オレは自分に問いただしてみた。


 オレはどういう奴等の為に動いた?


 理不尽に虐げられていたからか。

 不当に自由を奪われていたからか。

 無秩序に脅かされていたからか。


 どれもこれも、そうだと言えば納得できる理由だ。けど、根本は違うところにあると感じる。


 ◇


 こんなに落ち着ける機会は早々ないのだから、いっそのこと馬鹿丸出しになるくらい、頭の中を空っぽにして目を瞑り夢想してみた。


 まず初めにずっと昔の、修行時代の頃の記憶がフラッシュバックした。オレの師は剣の使い手であったが術や学問にも精通していた人だった。剣を習いに来たのにも関わらず、丸一日座らされたり、水の中に入れられたり、本を読まされたりと、やたらめったら精神面を鍛えられ、それに対して憤慨していた事を思い出す。が、今となっては師の思惑や体得させたかった技法を理解しているので、感謝の念しか湧いてこない。


 瞑想をするなんて何年振りだろうかという考えを境に、ふと頭の中から雑念が消えたのに気が付く。


 そうすると白昼夢というべきか、トランス状態というべきか、ともかくそんなフワフワとした感覚に陥った。


 すると、鏡を見ているかのように自分自身が目の前に現れた。


 オレはオレ自身に聞くのだから大丈夫だという妙な自信を持って、


「どうしてだ?」


 と、漠然とした質問を投げかけた。


 目の前のオレが口を動かし、何を言おうとする。


 だが、その答えを聞くことは敵わなかった。


 ルージュの呼ぶ声で、オレはあっという間に現実に引き戻されたのだ。



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