第16話 噂を聞く勇者
「主の名前が何か関係あるのか?」
聞こうか聞くまいかと悩んでいたオレの代わりにルージュが尋ねてくれた。痒い所に手が届くとは正にこのことだろうな
「…昔な、このギルドに所属していた戦士の名前と同じなのさ。かつて魔王に挑んだパーティの一人でな、他の面子は貴族や神職のエリート揃い、その中にあって平民のフォルポス族だったザートレは血筋ではなく実力を認められてリーダー格になった」
「…」
「色々なパーティやギルドが一目置いていたパーティだったと聞いてるぜ。『煮えたぎる歌』の中じゃ、あれ以上のパーティは現れないって言われている…だが、とうとう戻ってこなかった。その上魔王は健在。ということはつまり…そういうことなんだろうな」
落胆気味に男は答えた。
しかし、すぐに取り直して他にも色々な逸話を教えてくれた。『煮えたぎる歌』の中ではオレたちの名前を知らない者はいないこと、それに憧れてギルドにやってくる者が多い事、勝手に作られた物語まで本になっているらしい。
知らなかった…。
『
名前と今さっき披露してしまった技前のせいで、その時ギルドに居合わせた奴等からは引っ張りだこであった。闘い方の助言やら、手合わせをしてほしいやら、椅子に座る間もない。
その内に、受付の男と同じくかつてのパーティの伝説やらを楽しそうに語らい始めた。ただ、その中で興味深い話をしている男がいた。
「
確かにそう言った。
それはルージュの耳にも届いていたようで、オレ達は神妙な面持ちで顔を見合わせた。
逆行が不可能な『
オレはそれを言った男を捕まえて、掘り下げて話を聞いた。
「僕達はルクーサーから流れてきたんですけど、向こうでそんな噂を聞いたんですよ」
聞くには噂の大元はルクーサーで使役されている多くの魔族たちだと言う。確かに『螺旋の
問題は、何故その情報が漏れているか、だ。
意図的なモノなのか、それとも不可抗力の結果なのか。
少なくともオレの中には迷いというか疑念というか、とにかく嫌な感覚が芽生えていた。
まったくもって嫌になる。
闘う以外のことで頭を使うのはあまり好きではない。
それからしばらくは情報交換に勤しんだ。近隣の土地々々の情勢についてはかなり有難い情報を聞くことはできた。当初の予定通りのルートを進むには何の問題もないだろう。他に聞けたことと言えば、最近は魔族を使役する者が増え、魔族がらみの事件や犯罪が多発しているらしい。その為に討伐、護衛、奪還、捜索、復興などの依頼が多数舞い込み、どのギルドも対応に追われているらしい。
特にそういう事件に巻き込まれた者たちは、魔族に対して嫌悪感を持つものが多いので、相対的に魔族を使役しているパーティの少ない『煮えたぎる歌』は需要が高まっているそうな。
その話に、オレは怒りと不安の入り混じったような妙な感情を覚えた。
ほとぼりが冷めたころオレ達はギルドを後にした。本当なら金策の為に一つか二つ依頼を熟そうと思っていたのだが止めておいた。さっき聞いた噂の事について、ルージュと考えをまとめておきたかったのだ。
魔王に挑むのに直接の支障となる問題ではないのだが、何故か妙に気になっている。
しかし、この迷いは結果として良かったのかも知れない。
魔王城までのルートも道中の情報も持っているので、慎重さを欠いていたと振り返ることができた。がむしゃらに試練を克服し、魔王の城へ乗り込むことに固執していたが、それまでにすべきことは幾つかある。
オレ自身の力を底上げするために再び鍛え直すこと、試練に挑むために仲間を募ること、敗北を自省して次の戦略や装備を整え直すなどなど、細かい事も考えれば愚直に進んで行ってはどうにもならないことばかりだ。
それに…。
オレは後ろをひょこひょことついてきているラスキャブに目をやった。
ルージュやオレはともかくとして、これから連れていくのなら相応に鍛えていかねばならないだろう。ともすれば、ルークサーに向かうことは噂の真相を確かめること以上にオレとラスキャブにとって得られるものが多い旅程になるはずだ。
◇
適当に露店で片手間に食べられるようなものを昼食用に買うと、すぐに宿の部屋に戻った。それを三人で齧りながら、オレは今後の予定についてざっくばらんに話した。
「確かに主の言う通り、あの噂は気になるところだ。私もそちらを確かめて損はないのではないか、と提案しようと思っていた」
「わ、私はどこへ向かうとしても平気です…」
俯きがちにラスキャブは答えた。
半ば…というか脅されてこのパーティに加わっているも同然だから仕方がない。召喚士という職業は確かに貴重だが、これから先の旅は正しく命がけだ。ルージュと違い、ラスキャブには魔王と闘う理由が一つもない。裏切る、ということはないにしても、絶対に迷いのあるものになるだろう。共通の意思や目的のないパーティは時として一人にすら劣る。
ラスキャブは一体どう思っているのだろうか。
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