第15話 面目躍如の勇者


 オレが剣を握ったことで、ギルド内の全員がオレと闘う大義名分を得た。


 戦闘態勢を取った敵は八人。


 武器を持っている奴が四人。ギルド従事者が二人。手ぶらでいるのが二人。残りの数名は一先ず見学と決め込んで壁際に退避した。


 不安材料はこの手ぶらの二人と一体誰がパーティを組んでいるのかが不明なところ。単独か連携か、戦闘スタイルがパッと見た現状では分からない。


「魔族を飼い慣らす術が発見されたせいで、少し力のある魔族を手に入れただけで調子に乗る阿呆が多いんだよ。魔族の力をさも自分の実力だと勘違いして、由緒ある『煮えたぎる歌』にやってくる…テメエみてえな奴を見てると反吐が出る」


 オレの一番近くにいたササス族の男がそう言った。隼の亜人であるササス族の自慢の羽が怒りで膨らんでいる。


「…」


 なるほど。どうやら魔族を使役するのが万人に認められている訳ではない様だ。その事実にオレは少し嬉しくなった。



 獣がじゃれて噛みついたり引っ掻いたりするのと同じように、『煮えたぎる歌』では乱闘や小競り合いは日常茶飯事だ。だから各所にある『煮えたぎる歌』のギルドは一階の天井が高く作られたり、机が頑丈だったり固定されていたりと他のギルドといささか異なる造りになっている。


 オレに悪態をついたササスの男はこちらの真上へと飛んだ。ササス族は隼の特色を色濃く持っている。室内とは言え、飛行力は健在であり最も脅威だ。


 そうして一瞬、上に気を取られた隙をついて下からは、残っていた内の四人が攻撃を仕掛けてきた。という事は、この五人が一つのパーティなのだろう。


 連携が大分慣れている。昨日今日に組んだ連中ではない様だ。


 そして。


 奇しくも、かつてのオレと同じく五部族が一人ずつ組んでいるパーティだった。懐かしさやら、行き場のない憤りやら、色々な感情がごちゃ混ぜになったような感覚に陥る。


 が、戦士の性か、敵の動きに体は反応してくれた。


 先陣を切る二人は得物は槍だ。流石に殺すつもりはないようで刃は鞘に収まっている。けれども勢いも闘気も本気であるのは間違いない。


 二人のコンビネーションは上々。息のあったタイミングで引いた槍を突き出すその刹那、先んじて一歩だけ前に出た。そしてまるで二人を抱擁するかのように両腕を広げた。


 まさか前に出てくるとは想定していなかったのか、一人は腕に勝手にぶつかって、のけ反るように倒れてしまった。辛うじて寸でのところで躱した方も体勢は見るからにに崩れていたので、刃を当てないように剣を立てて押してやると簡単に吹っ飛んでいった。


 オレはそこから身体を半回転させると、地上に残っていた二人に向かってわざと背中を向けたまま軽く飛んで距離を詰めた。


「え」


 と、漏れるような相手の息遣いが耳に届いた。


 あからさまな隙を作る不可解な行動は、こういうある程度戦い慣れた連中には特に効果的だ。経験則が通用しない事で思考が止まり、防御も回避も間に合わなくなる。


 飛んだ勢いを殺さず剣の柄を右側にいた男の腹に入れる。蹲った男を目の端で捕らえてから、最後に残った女を見る。彼女は未だ思考停止から抜け出せていない。


 オレは剣を諸手で握り、逆袈裟に斬り上げた。切っ先が女の前髪を撫でる。無防備な精神に斬られていたかもしれないという事実と恐怖が急に襲ってきたので、女は自重を足だけでは支えられなくなってしまい、その場にへなへなと座り込んでしまった。


 最後に俺は剣を上に向かって放り投げた。ササスの男は飛んでくる剣を辛うじて躱したが、それは元々当てるつもりがないから問題ない。剣に気を取られている隙に、オレはテーブルを足掛かりにして跳躍する。そして男の足首を掴み、それを床をめがけて叩きつけた。


 放った剣を取って着地を決めると呆然としていた残りの三人を見た。


 一間あけてから全ての状況を飲み込んだ三人は、武器を投げ捨て無言のまま降参する。


 ◇


 物語や歌劇のように歓声が上がることはなく、しばらくは静寂だけがギルドの中を我が物顔で闊歩していた。


 とりあえず、名誉回復はできただろうか?


 しんっと静まり返る連中を尻目に、オレは受付の男に向かってツカツカト歩み寄って頭を下げる。


「オレが迂闊だった。魔族の女を侍らして来ようものなら反感を買うことは予想できたのにそれを怠った。考えが浅かった事と騒ぎを起こした事は謝る。だが魔族を連れているのには訳がある。それに…それだけで己惚れる程腑抜けてもいないし、何より『煮えたぎる歌』の名前を汚そうとはこれっぽちも思っていない」


 唖然としながらオレの声を聞いていた男は、まじまじとこっちを見た。そしてコップに結露した水滴が滴り落ちるような早さでもって、じわりと破顔していった。


「…へ、へへへ」


 周りの奴等はただ事の成り行きを見定めていたり、倒れたパーティの介抱をしながら様子を伺っている。


「こっちこそ迂闊だった。そこの女が言うように俺の目が曇ってたみたいだな。覇気もねえ青臭さばかりが匂ってきたと思ったが・・・剣を握ってからは正に別人だぜ。そこでのびてる連中も含めて俺がこのギルドの支部を代表して謝罪するし、さっきの暴言も全面的に取り消す。すまなかった」

「オレも従者が言った言葉を撤回する。すまなかった」


 そっちは何一つ間違っちゃいない。考えている事は多分アンタらと大して変わりゃしない。


 と、オレは出かった言葉を飲み込んだ。


「それで? どうする? もしも謝罪を受け入れてくれて、それでもまだアンタが『煮えたぎる歌』に惚れこんでくれているなら嬉しいんだが…」

「もちろんだ。登録させてくれ」


 ◇


 必要な書類を受けっ取ってオレはルージュに剣を返した。すると剣は霧になって消えてしまった。その途端に、身体が少し重くなったような気がした。再び力を封じられてしまうと、やはり不便にも思う。


 適当な椅子に腰かけて、登録書に必要な事を書きこむ。その最中にさっき闘った五人がところどころを手で押さえながら、よろよろと近づいてくる。オレはペンを止めて、彼らに言った。


「大丈夫か?」

「ああ、そっちが手加減してくれたお蔭でな」


 恨んでいる様な様子は微塵もない。寧ろ乱闘騒ぎの勝敗を心から根に持つような輩では『煮えたぎる歌』ではやっていけないだろう。オレも駆け出しの事は何十回とのされていた事を思い出す。


 リーダーと思しきササスの男はオレに一言詫びを入れたあと、ルージュに歩み寄った。


 少し用心したが、敵意はない様子だったので安心する。


「さっきの挑発は全部、この人の実力を知っての策だろ?」

「ああ。ここに来る前にこのギルドは強き者を尊ぶギルドだと聞いた。だから喧嘩でも起こして主の実力を認めさせれば、手っ取り早く片が付くと思ったまでだ」

「…見たところ、無理矢理連れてこられている訳でも、術が施されている訳でもなさそうだ。かと言って媚びへつらっているでもない…本当に本心でこの人に従っているんだな」

「当然だろう」

「魔族なんて俺達に媚びへつらうか、術で無理矢理縛り付けられているだけかと思ったが…アンタみたいな魔族がいるんなら考えを改めないといけないかもな」


 …。


 その意見には少々賛同しかねる。ただ漠然とした考えで根拠などは何もないが、魔族なんて、本来は敵であるべき存在だ。


 するとルージュが答えた。


「いや、その考えは改めない方が良い。私たちはやはり異端の関係だ。時代が時代なら間違いなく敵対していたはずだからな…本来、私たちとお前たちは相いれない方が世界のバランスが取れるはずなのだ。魔族を毛嫌いするこのギルドの姿勢は正しいし、今後とも貫くべきだ」

「…」


 その場の全員が言葉を失っていた。まさか魔族がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。


「面白いな、アンタら」


 ◇


 やがて必要な事を書き終えたオレはそれを提出した。


『煮えたぎる歌』には魔族の登録制度がなかったので、急遽「囲む大地ギルド協会」が公認している魔族を拘束するようのリングを用意してもらった。術者の血で魔術をかけ、いざという時に相手の力を封じ込めるという代物だ。八十年の歳月はそんなものまで生み出していたようだ。


 拘束用の器具なので首輪型のものしか存在していないのがネックだった。まるで飼い犬か奴隷を買うかのようで心苦しかった。しかし、これがないと一々揉め事が増えることになるので、ルージュとラスキャブには我慢を強いた。


 書類を受け取った男は、思わず唸るような声を出して驚く。何か不備があったか?


「アンタ、名前が『ザートレ』って本当かよ。まあ虚偽の名前は書けねえのは知ってるがよ」

「…ああ。本名だ」

「なるほどね。これがウチのギルドにこだわる理由ってやつか?」


 …名前が一体何だというんだ。


 少々胸騒ぎがした。

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