第14話 しくじる勇者

 道すがら、ふとこれから行くギルドの話になったので軽く二人に説明する。


「今向かっているのは『煮えたぎる歌スィジング・ソング』って名前のギルドだ」

「なんとも熱そうな名前ですね」

「名は体を表すというが、正しくそんな煮えたぎるようなギルドさ。冒険者はもとより傭兵や戦士を多く抱えていて、戦力をアテにしている国や貴族もいるほどだから、血の気の多い奴等が多い。ギルドの中じゃ内部で派閥が出来上がることが常だが『煮えたぎる歌』の場合、強い奴が偉いって考える奴が多いから単純でいいんだ。オレを含めてな」


 途中、魔族を連れたパーティや魔族を使っている商人をちらほらと見た。自分自身もそうであるのだが、やはり街中に平然と魔族がいるという状況には違和感を覚える。


 登録所の前の通りは露店や出店が並び、丁度朝食の時間ということもあってか中々の賑わいを見せていた。


 表の看板には『煮えたぎる歌』と書かれている。それがこのギルドの名称だ。記憶としては五年前、実際の時間経過としては八十年前に同じように、こうして看板を見上げた事を思い出す。


 ちょっとした懐かしさにひかれながら、ギルドの戸を開けて中へ入った。


 中は表の賑やかさとは正反対でがらんと、静けさだけがあった。かと言って誰もいない訳ではない。所属員は何人かいて掃除をしたり掲示板のチェックをしたりカウンターの奥で事務作業をしている。パーティも何組かがテーブルに腰かけ相談をしたり、情報交換をしていた。


 そしてオレ達が入った瞬間、彼らは会話を止めジッとこちらを見てきた。それはとても友好的なモノとは言い難い。


 何となく居心地の悪さを覚えながらもオレ達は正面奥のカウンターへ歩み寄る。


 そこではオレより二回りくらい年上のフォルポス族の男が何やら書類の整理をしていた。受付の男はオレ達を一瞬だけ見ると愛想などドブに捨てた様な態度で聞いてきた。


「何か用か?」

「ギルドへの登録をしたい。手続きを頼む」


 オレがそういうとあちこちから笑いが起こったり、ため息が漏れたり、怒気を飛ばされたりした。それは受付の男とて同じだ。


「アンタ、どっかのギルドと勘違いしていないかい?」

「ここは『煮えたぎる歌』で合っているだろ? なら間違いない。ここに登録したいんだ」

「ウチにこだわる理由でもあるのかい? それとも親兄弟の誰かに所縁でも?」

「…少し思い入れがあってね。まあ大した理由じゃない」


 まさか本当の事を言う訳にもいかないので濁して答えた。


「大した理由じゃないなら他を当たりな。ここはアンタみたいのが籍を置けるギルドじゃない」

「随分と嫌われちまったな…」

「そりゃそうだろ」

「悪いところがあるなら直すし、知らないうちに無礼を働いたなら謝罪する。訳を教えてくれ」


 そういうと受付の男はこれ見よがしなため息をつき、わざと横柄な態度で言ってきた。


「理由は三つある。一つ。魔族を、それも女を侍らして歩いている事。二つ。戦士を募るこの『煮えたぎる歌』に予備の短剣一本で恥ずかしげもなく来ている事。三つ。そんな大馬鹿野郎がよりにもよってオレと同じフォルポス族の男だってことだ。分かったら、とっとと失せろ」


 そう一喝されてようやく気が付いた。そして反論をしようにも全てが正論のために何も言い返せない。オレだってこの場に居あわせて、オレのような輩が入ってきたらいい感情は抱かないと断言できる。


 しくじった。


 かつて『煮えたぎる歌』に所属していた事で登録だけなら問題なくできるだろうと慢心していた。


 一度出直すか。そう考えた時、ルージュが声を掛けてきた。


「主よ。出直そう」

「…ああ」


 また顔に出ていたか、オレが言い出す前にルージュが口火を切った。後日改めるか、さもなくば別の町に着いてから準備万端で登録し直すことにしよう。そんな事を考えていた。


 しかし。


 ルージュの言葉はそこで終わらなかった。


「このような目の利かぬ者を応対の係にしている組織など高が知れる。別のギルドとやらを当たった方が身のためだ」

「え?」


 と驚愕の声を出したのはオレではなくてラスキャブだった。


 ギルドに対して喧嘩を売っているというのは馬鹿でも分かるだろう。案の定、ギルドの係は元より、登録している戦士や冒険者たちもが怒声を浴びせながら立ち上がった。


「『煮えたぎる歌』と言ったか? かつては名声を得ていたかもしれないが、すでに干上がってしまったのだろうな。ここは強さを何よりも重んじるギルドと聞いたが、過去の話のようだ」


 ルージュの挑発は続く。窘めようとした刹那、その場で唯一椅子に腰かけたままであった受付の男が静かに、されども響く声で言った。


「ガキの不始末は親がけじめを付けるのと一緒だ。魔族とは言え従えている者の失言は主が落とし前を付けろ…が、腹の立つことにその女の魔族が言ったように『煮えたぎる歌』は強さこそを尊ぶ。従者にそこまで言わせるって事は多少は良い恰好を見せてやったんだろ? なら俺達にも見せてみろよ。どの道もう、抜いた剣は収まらねえんだからよ」


 男の言葉を聞いたルージュはオレにしか見えない角度でニヤリと笑った。


 なるほど。全部思惑通りだったという訳か。


 争い事を極力起こすまいと考えの幅を狭めていたが、確かに一つの解決策にはなる。特にこの『煮えたぎる歌』には効果的だろう。


 が、途端に一つの不安材料を思い出す。


 オレの力はほとんど旅を始めた頃に逆戻りしている。この状態じゃいくらなんでもこの数を相手にするのは不可能だ。けれどもそれもいらぬ心配だった。ルージュがそんなことを見落としている訳も無く、オレの手を握ると魔法で一振りの剣を生み出した。


 それはルージュが本来の姿に戻った時と瓜二つの剣だった。が、それには何の魔力も感じられない。単純なレプリカと言っていい。それよりもオレは自分の体に起こった変化に一瞬戸惑った。


(おい…この感覚は)


 そう頭の中で念じ、ルージュに問いかけた。


(ああ。私が預かっている主の本来の力だ。剣を媒介に一旦返却したといったところだな。主の本来の強さはあの城で間接的に伝わってきた気配でしか知らんのだ。いい機会だからこの目で見せてもらおう。その方が剣としてできることも増えるからな。ギルドの奴等も黙らせることができて両得であろう?)

(まったく…)


 と、形だけの悪態をついた。どうせ心の中はお見通しであるし、自分でも分かるほど喜びが顔に出ている事だろう。どんな方法や形であれ、戦えるというのは何よりも悦ばしかった。




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