第13話 地図見る勇者と懸念する剣

 ◆


 主の食べる速さは相当のモノだった。噛まずに飲み込むと言っても差し支えない。


 いつかどこかで良い戦士ほど早食いになると聞いたことがある。食事は生きていく上で必要不可欠な要素であり、憩いとなる場合も多いだろう。けれども食事という行為はそれだけ隙を晒すことにもなる。だから、良い戦士というのは必然的に早食いになるものらしい。


 狼の性質を色濃く持つフォルポスという部族柄もあるのかもしれないが。


 食べ終わった主は、私に構うことなく今後の動向についての考えを喋りはじめた。


 主は構わぬ様子で勧めたが、仮にも従者の立場からして共に食卓を囲んだり、主が物申している中で食事をするというのは気が引ける。宿を取る時も女の魔族を二人も連れているせいで、宿屋の主人が下世話な目を向けてきていたがそれを気に留めている様子はない。


 というよりも、そもそもどちらの事もきっと気がついてすらいないのだと思う。


 それに…先程のことも、早合点で主を切り捨てようとした私を多少なり咎めてもいいものを、まるで何事もなかったかのように振る舞っている。私が主を買っている分、私もまた主に買ってもらっているということだろうか。いや、それにしたって遺恨は少なからず残ったとしても不思議はないはず。


 …。


 ほんの二日間、一緒にいただけでは推察の域を出ないが主は戦闘に関わることであれば卓越で類稀なるセンスや知識を働かせる。しかし、他の事になるとだいぶ無精になるようだ。


 烏滸おこがましいとは思うが、その辺りのことは私が手綱を握らなければならぬかもしれない。


「予定通り明日はギルドへの登録とやらをする」

「ということはアテは決まったのか?」

「ああ。というか、オレのいた時代から八十年経過しているといいう事実を受け止めたらアレコレ考えるのが馬鹿らしくなった。あの頃はそこそこ名の知れたパーティだと自負していたが、もう小細工をする必要は薄いだろう」


 それは些か早計な気もするが。


 町の様子と新聞だけでは情報が足りなすぎるし、時間経過を除いたとしても私には主の自己評価が大分過小評価な気がしてならない。


 あの城での戦いの様子は見ていた訳ではないが、気配だけで大方の予想はできる。突然の裏切りがあった直後のあの立ち回りを鑑みると、元々かなり名の知れた戦士だったとしても何ら不思議はない。


 早計と言えば、ラスキャブの事も気になる。


 召喚士という職業の重要性は、まあ分からない話ではないが、それでもわざわざ魔族を共連れにするにはリスクの方が大きいはずだ。


 そう言えば、試練のことを引き合いに出していたが、それも気にかかる。かつて私があの男に振るわれていた頃の記憶も若干あるが、試練などというものの存在はまるで覚えていない。


 試練などというものは存在していなかった。


 …どちらにせよ、やはり早計のような気がしてならない。


 さしもの私も本人が気が付いていない感情や記憶を読み取ることはできない。ともすれば主は、自分でも気づいていないほど焦っているのかも知れないと思った。


 ◆


 明朝。


 オレは目を覚ますと宿屋の店主に紙とペン、そして地図を貰おうと思い立った。


 ベットには誰も横になっていない。


 オレはいつしか横になると眠れなくなる癖がついていて、昨日の夜に座ったまま寝るからと言ってベットをルージュとラスキャブに譲った。するとルージュは、


「私は睡眠を必要としない。だから配慮は無用だ」


 と言い出して、ラスキャブにベットを譲るとオレの隣に腰かけた。すると今度はラスキャブが、


「お、お二人を差し置いて私だけがベットだなんて怖くて眠れません」


 と言ってオレ達とは対面の壁を背にして床に横になってしまった。


 だから部屋を取っておいて誰一人としてベットを使わないという寸劇のような状況になってしまっていた。


 ◇


 ルージュは瞑想するかのように壁に持たれていたが、俺が立ち上がる気配を感じるとすぐに目を見開いた。


「どこかへ行くのか?」

「ああ。宿屋の主に言って紙とペンと地図を買ってくる」

「心得た。ラスキャブはどうする? 起こしておくか?」

「いや、その必要はない。話し合いはするが、その前に支度がある。お前ももう少し休んでいていいぞ?」

「もう十分だ」


 オレは下に降りると昨日とは違う男が受付に立っていた。


 念のためにもう一泊、同じ部屋を取ると本命の今朝の新聞と近隣の地図と、それに付け加えて世界地図を買った。八十年の空白期間があるのだ。情勢が変動していても何ら不思議はない。ひょっとすると、予定してたかつてのルートを辿ることはできなくなっているかも知れない。


 部屋に戻るとラスキャブが目を覚ましていた。ルージュが起こす訳も無いので、勝手に起きたんだろう。


「お、お早うございます…」


 自分が最後に起きた事を落ち目に感じているのか元気がない。まあ、仮にオレがラスキャブの立場だったらと考えると、それも無理からぬことだろう。だからまるで気にしてはいないという態度を見せた。


「ああ、お早う」


 ◇


 こうなっては仕方ないので早速話し合いを始めることにした。まず机の上に世界地図を広げると、三人でそれを覗き込むように見た。


 オレ達の世界は大きく分けて「螺旋の大地ヴォルート」と「囲む大地エンカーズ」の二つがある。螺旋の大地ヴォルートを中心にその周りを巨大湖が囲み、更にその湖を囲む大地エンカーズが覆っている。囲む大地エンカーズの更に外側には今のところ小さな島々を除いては海しかなく、大陸と呼べるような陸地は見つかっていない。


 ラスキャブは元より、ルージュも世界地図は初めて見たようで、感嘆の息を漏らしていた。


「…まるでドーナツのようだな」

「ドーナツ?」


 耳慣れない言葉だった。


 するとルージュは一瞬だけしまった、という表情を浮かべた後すぐに苦虫を噛み潰した様な顔をして言った。


「魔王が好んで食べていた菓子の名だ。丁度こんな具合に輪になっていたから思い出した」

「…そうか」


 オレは地図に目を戻した。やはりというべきか、知らない国の名がいくつかあったし、逆に消えてしまった国の名もあった。とは言え、それは別段二人に伝えても詮無い情報だ。オレは今自分たちのいる町のところへ指を置いた。


「ここが現在地だな。大雑把な説明になるがここからまずは湖を渡るために港を目指す。航路によりけりだが島をいくつか経由して螺旋の大地ヴォルートに入る。それからは五つの試練を突破し螺旋の中心にある魔王の城へと至るわけだ」

「船で行くと言う事か? 螺旋の大地ヴォルートに踏み込んだら戻れないという話ではなかったか?」

「正確に言えば第一の試練の先からが戻れないんだ。その手前の…この辺りには街がある。ここまでだったらギリギリ後戻りは可能だ」

「あの~」


 と、ラスキャブが恐る恐る手を上げて質問してきた。


「どうした? 見覚えのある地名でもあったか?」

「い、いえ。残念ながら記憶に関わるようなことではないんですけど…この囲む大地で一周するのにどれくらいかかるんですか? 目安なんですけど、道程の参考に」

「この地図だって尺度が合っているかは不明だが、確かリホウド族の男が乗り物を使わずに歩いて一年と半年で一周して、世界記録になったという話をどこかで聞いたことがあったな。もっとも八十年前の話だが」


「はえ~」


 と、素直に関心するラスキャブの性格が今一読みきれない。見た目だけの年相応さにはうなずけるが、とても猛者には思えない。


 しかし、今考えることではないと自問自答して話を元に戻した。


「というわけで、ここの港町を目指すことになるが単純な見積もりでも一ヶ月かかる計算だ。ギルドへの登録を済ませた後は、旅支度を整えて一泊。明日の朝一番で出発することにしよう」


 そう結論付け、後片付けをした後、オレ達三人は目当てのギルド登録所を目指して外へと出た。

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