第11話 目を疑う勇者
町の手前にある簡素なレンガ作りの門の前には、検閲待ちで並んでいる先着のパーティが二組いた。そしてその二組ともが先のビーロス族の男が言ったように、魔族を使役していた。それどころか門番さえも雑用に魔族を使っていたことに対して、オレは驚きを隠せなかった。
一体どうなっているんだ?
「おい、次だ」
あれこれと考えてぼうっとしていると、門衛から声が飛んできた。オレを一瞥した門衛だったが、ルージュとラスキャブは入念にチェックしている。魔族なのだから当然だろう。そしてその確認が終わると、再びオレを見て言った。
「この魔族二人、登録印の類が見当たらないが?」
「…登録印?」
「ああ。それとも旅の途中で捕まえて、この街での登録か?」
薄々考えてはいたが、やはり魔族に対してのシステムや価値観も変容しているらしい。オレが魔王の城を目指している間に一体何があったのか。気になるところではあるが、今はまず町に入ることを優先する。先ほどと同じく、無知な田舎者を装ってしまおう。
「すまない。ギルド登録をしようと思って初めて村を出たんだ。オレの村では魔族を従えることすら疎まれていてな、登録が必要という事すら知らないんだ」
そう言った途端、門衛の態度があからさまに蔑視に変わった。
余程の世間知らずに呆れたか、それともこの年になって初めて村を出たという男を小馬鹿に思ったか。
きっとその両方だろうな。
魔族の登録云々はさておき、オレだって自分と同い年くらいの男が初めて村を出てギルド登録にきたといったら呆れかえると思う。冒険者にしろ討伐者にしろ、それを志すには遅過ぎる年齢だ。
多分、門衛にもぐうたらに愛想を尽かされて親に追い出された怠け者とでも思われていることだろう。
「…分かった。未登録の魔族二人とフォルポスの男が一人だな。そこの受付で関税を払って通れ」
言われるがままに受付に進み、なけなしの金で税金を支払った。宿についたら考えなければならない課題の優先事項が金策に変わった瞬間だった。
ルージュとラスキャブが未登録の上、オレ自身もギルド未加入ということで大分長い有責事項の説明を受ける羽目になった。できれば今日のうちにギルド登録を済ましたかったのだが、それも叶わないらしい。夕方、というよりも宵の口辺りになってようやく町へ入ることが許されたのだった。
ルージュとラスキャブは、恐らく街に入るのが初めてだったのであろう。まるで姉妹のように嬉々としてあちらこちらに目を奪われている。疑問はまだ残るが、魔族が堂々と街を闊歩しても忌避されないこの状況はとてもありがたいものだった。
しかし、オレはオレで妙な不安に苛まれていた。
かつて訪れたことのあるこの街だが、異様に様変わりしている。道や主だった建物は記憶とそう差異はないのだが、新しい建造物もまた多い。この街を立って魔王の城を目指したのが、今から約五年前のこと。たったそれだけの歳月でここまで様相が変わるものだろうか?
そして、オレのそんな疑問は宿屋で部屋を宛がわれた後に解決することとなる。
無事に宿屋に辿り着き、一番安い部屋に入った。あの承認の言う通り街そのものが魔族に寛容だったから、宿屋でも特にトラブルになることなく部屋を取れたのは幸いだった。違和感は高まるばかりだったが。
俺が街の変貌ぶりにあれこれ思いを馳せているとルージュが言った。
「ふと気になったのだが」
「どうした?」
「この世界の仕組みはよく分からぬが、ギルド登録というのは必要なのか?」
「ああ。少なくとも試練を突破するまでは必須だな。情報、金銭問題、通行許可…メリットを挙げだしたらキリがない。その試練を越えたとしても、その先の『
「ヴォルート?」
「試練と魔王の居城がある領域の事だ。お前らの呼び方は知らないが、オレ達はそう呼んでいる」
「あ、あの~」
オレとルージュの話の合間にラスキャブが顔色を伺うように入り込んできた。
「なんだ?」
「えと、その…やはり、お二人はタスマ様と戦うおつもりで?」
「タスマ?」
何気なく聞いたのであろう、ラスキャブの「タスマ様」という言葉にルージュは反応した。外れそうになった怒りの蓋を必死に抑えるかのような声でラスキャブに冷たく告げる。
「…ラスキャブ。次にあの男を様付けで呼ぼうものなら首を刎ねる」
「ひぃっ」
ラスキャブは壁を押し退ける勢いで後ずさり、何度も何度も謝罪と命乞いを繰り返した。
タスマ。
それが魔王の名前らしい。
「魔王にも名前があったのか。まあ当然と言えば当然か」
「魔族で多少なり名のある者なら知っているだろう…それよりも、魔王の名は覚えていたのか?」
「あ、そう言われてみれば、そうですね。何故か頭の中にありました」
「クローグレを使いこなす召喚士だ。魔族の間で名が通っていても不思議はない」
ルージュはそこでようやく部屋にあった椅子に腰を掛けた。オレもひとまずベットに座り、おどおどと床にへたり込むラスキャブにもベットに座っても構わないと言った。
「我らは魔王を殺す目的をもって同盟を結んだ関係だ。詳しくはまだ明かせぬが、どちらも魔王にはひとかたならぬ怨みがある。我が主の意向で貴様を連れにしているが、口約束以外に繋ぎ留めておくものはない。逃げたり魔王に組したいのならば好きにすればよい」
その言葉の裏に、命の保証はしないという意味を感じ取ったのか、ラスキャブは精一杯否定していた。オレとしてもそれは同意見だ。むしろオレの考えにルージュが従っているだけかも知れない。
「ところで主よ、話を戻す。ギルドとやらに登録をすれば今後の旅路が楽になるというのは理解した。しかし、それならば主が元々入っていたギルドがあるのではないか? それを使えば話が早いだろう」
「確かにあるがそれは使えない、というよりも使いたくない。村に帰れなかったのはオレ個人の意地の問題もあったが、ギルドに関しては更に面倒だ。ここまで戻ってきた経緯を根掘り葉掘り聞かれるのは明らかだからな。こっちの住民にしてみればヴォルートの情報なんて喉から手が出る程欲しいはずだし、ギルドに知られることは全世界に知られるのと同じだ。あっという間にザートレという名は広まることになる。そうなれば当然、魔王に感づかれるリスクも高まる。」
「ふむ」
「一抹の不安と言えば、登録は一つの契約と同義だから偽りの情報を書けないというところか。そういう魔法が掛かっているから、名前や出身は正直に書かなければならない…とは言っても、フォルポス族にとってザートレなんて名前は珍しいものではないし、同一人物だと思われることはないとは思うがな」
オレは宿の受付で買った新聞を広げた。ここ一帯の商工業の中心を担う、そこそこの大きさの街なのでギルドの数も多い。かつて登録していたギルドと別のところを選ぶために少しでも情報を集めるとなると、やはり地元の新聞を広げるのが手っ取り早い。
自然と隣に座っていたラスキャブも覗き込むように顔を近づけ、それに釣られるかのようにルージュも近づいてきた。
もういっそのこと全員が見れるようにベットに新聞を広げてやろうとしたところで、オレは自分の眼を疑った。
「な、なんだこれは!?」
つい柄にもなく大きな声を出した。が、それも無理からぬことだ。
新聞に書いてある日付の年号が1589MRとなっていた。
それは、つまり…。
オレが魔王に挑んでから、実に八十年の歳月が経過しているということでだった。
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