第10話 警告する勇者
それはワニの頭を持つ、ビーロス族の男だった。それだけであれば何事もなかったのだが、オレは警戒心を強めた。相手も魔族を連れて歩いてきていたからだ。
「よう。旅の人かい?」
「…」
「っけ。死ぬまでに一度でいいから、愛想のいいフォルポス族って奴を見てみたいね」
男はそんな憎まれ口を聞いてきた。
オレの警戒心は伝わっていたようで、ルージュはきっと男と魔族を見ていたし、ラスキャブはルージュの後ろに隠れつつも、油断はしていない様子だった。
「へえ、戦士にしちゃ中々の上玉を連れているな。どこで拾ったんだ?」
「…魔族を使役しているっていうのに、驚かないんだな」
商人や旅人だったなら、普通は驚いたり警戒したりするはず。
戦闘になっても構わない自信があるのだろうか? だが、戦いが得意そうな佇まいではない。
オレがそんな事を考えていると鼻で笑われてしまった。
「っは。魔族連れが流行りの時世だぜ? 魔族を二匹、使役してくるくらいで何を驚くってんだ?」
「魔族連れが流行り?」
どういうことだ?
「ああ。ったく、どんな田舎から出てくればそんな間抜けな質問できるんだよ」
先ほどからオレを貶す発言が出る度に、振り返らずともルージュの怒気が大きくなっていくのが分かる。わざとルージュの視線を遮るように立ってそれをなだめる。
「そこの森を抜けて、初めて町まで来たんだ。魔族連れはオレの村では恐れられていたが、あの町では違うのか?」
「あの町どころか、この世界どこ行ったって同じだよ。むしろ魔族連れでないパーティの方が珍しがられる」
「そう、なのか」
頭では理解できたが、納得ができていない。
この辺りでは一番大きい町だといっても、田舎の町だ。魔王城近くのように、魔族を使役することが一般化するなんて考えにくい。
一体何が起こっている?
「ところであんた、森を抜けてきたと言ったな?」
「ああ」
「いくら田舎者でもクローグレくらいは知っているだろ? 嘘かホントか、そのクローグレが森に出るって噂があってな。町じゃ迂回して通るよう言われている」
「本当か? そんな怪物、影も形も見えなかったが」
咄嗟に嘘をついた。事は荒立てない方がいいと判断したからだ。クローグレが出る原因たるラスキャブはもうあの森には居ない。そんな噂もじきにおさまっていくことだろう。
「噂じゃ続きがあってな。クローグレを操る魔族の女がいたって話なのさ。もしそうなら、召喚士の可能性もあるだろ?」
男の言葉にラスキャブが反応した。ルージュの服をぎゅっと掴んでいる。
「そいつがいたとして、どうするんだ?」
「捕まえるさ。召喚士の魔族なんて高値で売れること間違いなしだし、もし従順そうなら傍において護衛にしてやってもいい。それにあの森を通れるようにしてやれば、ギルドから報酬も出るしな。いいことづくめって訳だ」
「…そうか。信じられないが、魔族連れが忌避されないという話は聞けて良かった。どうやって人目を掻い潜ろうかと思案してたところでな。オレ達は町へ行く。あんたも気を付けてな」
そう言って男と別れた。からかわれているのか否か、早く町へ行って確かめたかった。
しかし。物事は上手く進んではくれない。
男はすれ違いざまに、目敏くこう言った。
「ところで、そこの嬢ちゃんが身に着けているのは、クローグレの毛皮じゃないのかい?」
男の言葉はあからさまに悪意を孕んでいた。オレを脅すか殺すかして、ラスキャブを奪いたいという魂胆を隠してすらいない。
オレは警戒から警告へと意識を変えた。
「お前の考えている事は分かる。手を引いて、見た事聞いた事を全て忘れるっていうのなら命だけは助けてやる」
そういうと男はいやらしく笑って返してきた。
「そりゃこっちの台詞だ。そこのクローグレの毛皮を付けた魔族と、ついでに青黒い髪の魔族を置いていけば命だけは助けてやる」
杖を構えると、虚ろな目をした魔族が攻撃態勢となった。様子がおかしいと思っていたが、魔法で強制的に操られているらしい。
操られているのであろう魔族はそのままにオレを襲いに来る。ほんの一瞬気の毒にも思ったが、こうなっては仕方がない。
向かってくる魔族は、今のオレよりもはるかに上のパワーがあることは一目瞭然。スピードも十二分だった。
だが操作されている反動か思考がないのも丸わかりだ。これなら物が飛んできているのと何も変わらない。体崩しはお手本のように決まり、簡単に宙へと浮かんだ。あとは抵抗のなくなった体を掴んでルージュに目掛けて投げてしまえばいい。案の定、オレの意図を察したルージュの恐ろしい程の切れ味で真っ二つになってしまった。
その様子にビーロスの男は元より、ルージュの傍にいたせいで間近に目撃してしまったラスキャブまでもが竦み上がっていた。
「そ、そんな馬鹿なっ!? クローグレを簡単に捻り潰せる奴を借りてきたんだぞ!?」
ルージュは冷たい目をしたまま一瞬で男との距離を詰めた。
男は悲鳴を上げる間もなく、その場に倒れた。
「…殺したのか?」
「いや。あちらともかく、この男を殺すのは主が躊躇うと思ってな。意識を奪っただけだ」
「そうか」
流石だな。オレの斬りたいものをよく解ってくれている。
「それでどうする? 殺すのに気が引けるなら記憶を奪っておくか?」
「そんなこともできるのか?」
「ああ」
オレは驚きの念を息を一つ漏らすことで表現した。
ルージュの持っている能力の底が見えない。剣の化身だというのだから何かを斬ったり破壊したりという事が得意なのは説明が付く。規格外れの魔力もまだ納得がいく。
けれども記憶を奪うタイプの魔法、精神感応系の魔法までもその範疇にあるとなるとルージュのポテンシャルは計り知れない。
町に入って落ち着けたなら、ラスキャブも含めてこの二人の能力を把握しておく方がいいだろう。全盛の力は封じられ、仮にそれが元に戻ったとしても剣術と単純な攻撃魔法しか使えないオレよりも戦術の幅を広げるのに貢献してくれるはずだ。
その考えに至ったことで、オレの戦力不足を思い知った。まずオレ自身がもう一度強くなる方法を考えなければならない。
そう思いを巡らせているうちに、ルージュの術は終わったようだった。
オレ達は再び町を目指して歩き始めた。頭の中にはかつてこの道を歩いて通った時の記憶が蘇っていた。
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