第9話 町に向かう勇者


 その提案に少女は元よりルージュまでもが目を丸くしていた。


「本気か?」

「ああ。町に着いたら改めて相談しようと思っていたんだが、魔王の城を目指すならどうしても仲間を募る必要がある。そういう試練があるんだ。だがまた普通の仲間を募ったんじゃ魔王に懐柔される恐れがある」


 それは労力的にも、心情的にも二度とないようにしたい事だった。


「だがそれは魔族も同じだろう。むしろこいつは魔王の為になら喜んで私たちを裏切るはずだ」

「そこから先はもう心理的な話だな。とにかく試練を越えるには仲間を募らなきゃならんのは避けられない問題だ。それなら裏切られないように気を配る奴らを募るよりも、始めから信用ならん奴を使う方が気が楽だ。その上オレ達は色々と隠しておかなければならない事が多い。その秘密が漏れそうになったり、あまつ裏切られたときには、そいつを殺さなきゃならない」


 オレは尤もらしい理由を付けてルージュを、そして何故だか勧誘してしまった自分を納得させようとした。


 少女は少女で、オレの言った『殺す』という言葉に体が反応したようだ。


「そうなったら魔族の方が躊躇わなくていい。持ち手が躊躇しちまったら、剣だって困るだろ?」

「ふむ」


 話が終わるとルージュは得心の言った顔つきになった。何も言わぬままに少女の方へと振り返る。そして再び青黒い光のブレードを出すと、それを少女の首へと添えた。


「聞いた通りだ。私たちには共連れが必要になった。我らと共に来るか、さもなくば死ぬがいい」

「い、行きます! お供します! 家来でも従僕じゅうぼくでも召し使いでも何でもいいので殺さないでください!」

「決まりだな」


 ルージュはそう言うとブレードを収め、少女を優しく助け起こしてやり服に着いた木の葉や土埃を丁寧に払い始めた。


「ふぇ!?」


 恫喝の後、まさかそんな事をされるとは思っていなかった少女は驚いて、オレとルージュとを交互に見た。実を言うとオレもルージュの行動は意外だった。


「今後我が主の前に立つときは、精々身嗜みに気を使うことだな」

「は、はい」


 そしてそれが終わると少女はルージュに手を引かれ、トボトボとオレの前に連れてこられた。


「ふむ。確かに古い記憶には霞がかかっているな」

「え?」


 なるほど。手を引くふりをして記憶を読み込んだか。ということは現時点で嘘は付いていない。切り伏せる必要がなくなってひとまずは安心した。


「さ、主の前に名を名乗り忠誠を誓え」

「いや、こいつは記憶がないんだろう?」

「む。そうだったな」

「そ、それが名前は分かるんです。どういう訳だかそれだけは覚えていまして。なんで名前だけは覚えているのかと聞かれると困るんですが…」


 何とも申し訳なさそうに小さく言った。


「なら名前は?」

「…ラスキャブと言います」

「わかった。ラスキャブだな」


 こちらから見れば勧誘。


 あちらから見れば恫喝。


 いずれにしても二人連れに、新しく仲間が加わった。


 そこそこの実力を持ちながら、何故ほとんどの記憶を失ってあんな辺鄙な森にいたのか。気になることは頗る多かったのだが、召喚士を仲間にできたのは総合的に見てメリットが大きい。


 戦闘において、急に頭数を増やせるから敵が試算したプランを崩しやすいし、仮に召喚士とバレても手持ちの召喚獣まで完璧に予測するのは不可能だ。


 戦闘以外でも便利な能力を持っている召喚獣、例えば深みのある河川を渡るのに適した水棲の怪物、果実を実らせる植物系の怪物などを確保できれば、旅がずっと楽になるはずだ。


 職業別の可能性の幅で言えば、召喚士はトップクラスで大抵のパーティは欲しがる存在といえる。召喚獣を保持して操作するのは召喚士そのものの力量次第だから、理論上は半無限に手持ちを増やすことができる。クローグレを二体同時に召喚する時点でかなりの高レベルであり、伸びしろのある召喚士と言える。


 そんな事を道すがらルージュに説明しながら歩いていた。


 件の召喚士であるラスキャブはオレ達の五歩ほど後ろをおっかなびっくり着いてきている。歩くたびに青い髪の三つ編みが二本揺れていた。


 ◇


 ここまでくれば町は目と鼻の先であり、入り口の門やその門衛の姿が小さく見えた。


「さて。いよいよルージュとラスキャブをどうするかだな」


 堂々と魔族を連れて町に入る訳にも行かない。かと言って顔を隠したりするための装備は町に入らなければ手に入らない。魔王城の近辺の町であれば、魔族を使役しているようなパーティが多いから目立ちはしないが、こんなところではそうもいかない。


「念のために聞くが、姿を変えるような術やそれができる召喚獣を持ってはいないのか?」

「すみません。どちらも持っていないです」

「だろうな」


 そんなことができたのなら、ラスキャブはとっくにあの森を出ていただろう。


「二度手間になるが、私とラスキャブは身を隠していて主が必要最低限の物を買ってくるという方法もあるが」


 言われて気が付いた。確かに無理して一度に町に入る必要はない。簡単なフードやローブを調達してくればいいだけの話ではある。


 もう少し近づいても妙案が浮かばなければルージュの案を採用しようと思った。


 すると、前方からこちらに進んでくる行商の者があった。ルージュをラスキャブを匿おうかと思ったが、生憎と隠れられそうな場所はどこにもない。旅人一人くらいなら誤魔化せるだろうと思ったオレはそのまま歩みを止めなかった。


 するとこちらに気が付いたのか、向こうから声をかけてきた。


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